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1-11 光の力 [アスカケ外伝 第2部]

「長様、私の話をお聞きください。」
タケルは、椅子に腰を下ろしたまま呆然とする長に向かって言った。
「私は、ヤマトの皇様より、この戦を収めるよう命を受けて参りました。ヤマトは、いずれの国をも侵す事などありません。それより、戦によって傷つく民を少しでも早く救い、安寧を守る事こそ、国の礎と考えております。おそらく、この戦は、東国でもヤマトでもない、もっと良からぬ者が企んだに違いありません。私は何としても、その者を見つけ成敗せねばなりません。」
タケルは、じっと長の眼を見て語った。
長は大きく溜息をつく。そして、
「我らとて、戦など望まぬ。戦をすれば、傷つき命を落とす者がいる。そして、それを悲しみ、生きる力を失う者がいる。恨みも生まれる。・・戦など・・何の意味もない。・・だが、我が郷は、誰かが守らねばならぬ。皆、そういう辛い思いをして過ごしてきた。戦をやめられるなら・・何よりだが・・。」
長はそう言うと、ゆっくり立ち上がる。
随分と疲れているように見えた。周囲の者がそっと寄り添う。そして、二、三歩ほど歩いて、急に胸を押さえ倒れ込んだ。
「長様!」
イラコが駆け寄る。長は、胸を押さえ、小刻みに小さな息をしている。見る見るうちに顔色が青ざめていく。
船で共に来たチハヤが、取り巻く男たちを掻き分けるようにして長の傍に行き、手を取り、脈を取る。発作を起こしたに違いない。
「タケル様・・。」
そう言って、チハヤが悲しい顔をして、タケルを見た。チハヤの言わんとする事はすぐに判った。
タケルは、胸元から、勾玉の首飾りを引き出すと、強く握り締め「母上、お力をお貸しください。」と念じた。
すると、首飾りが少しずつ光を発し始めた。
黄色い光は、徐々に大きくなり、タケルを包み込む。
タケルはそっと、長の胸に手を当てる。そして、再び、強く念じた。さらに光は強くなり、長を包み込み、さらに、傍にいたチハヤも光の中へ入った。
チハヤは不思議な気持ちだった。何か大きな力に守られているような、母の胸の中にいる様なそんな気持ちになっていた。光はさらに大きくなり、周囲にいた男達、港にいる者達をも包み込むほどになっていく。皆、目を閉じ、その場に座り込む。
ミムラもその中にいた。兄ホムラから、皇様の特別な御力の事は聞いていたが、実のところ、信じていなかった。だが、自らその光の中にいる。そして、そこは優しき母の懐のような何とも安堵した気持ちになっていた。おそらく、これがヤマトの礎に違いない。皆の安寧を願う皇アスカと摂政タケルの姿が目の前に浮かぶようだった。
暫くすると、徐々に光が小さくなっていく。横たわる長の胸に、チハヤは耳を当てた。心臓の鼓動が聞こえる。長も大きく呼吸を始めた。
「もう・・大丈夫・・。」
チハヤはそう言って、顔を上げると、タケルは蒼白な顔で意識を失ったまま、座っていた。
「いけない。誰か、タケル様が・・。」
チハヤの悲痛な声に、即座に、シルベが反応し、駆け寄り、タケルを抱え上げる。
「どこか・・休めるところはないか!」
近くの小屋にタケルは運び込まれた。チハヤが気付け薬を煎じて、タケルに飲ませた。隣には、長も横になっている。港にいた渥美の衆は、心配そうな顔で小屋を取り巻いていた。
「長様は大丈夫だ。タケル様の特別な力で良くなられる。」
ヤスキが言うと、ミムラやイラコは、タケルを心配した。
「タケルも大丈夫だ。力を使った後は動けなくなる。すぐに目を覚ます。さあ、米を運んで、皆に配ろう。」
ヤスキの言葉で、皆、安堵した様子で、作業を始めた。
不思議なことにあの光を受けた者は、誰しも、普段より元気になり、力が湧いてくるように感じて、活き活きと動き回った。皆、口には出さなかったが、タケルの発したあの光は命の光だと思っていた。
ひとしきり、作業が終わったころ、長が目を覚まし、起き上がった。
「大丈夫ですか?」
作業を終えたイラコが小屋に入り、様子を伺った。
「ああ・・儂はどうしたのだ?・・何か・・気を失ったように思うが・・。」
長の問いに、イラコは、タケルが起こした奇跡を丁寧に話した。
「そうであったか・・・。」
長は、そういうと隣に横たわるタケルを見た。
「ヤマトの怪しげな力とは・・こういうものか・・。」
長はそう言うと、すっと立ち上がる。港に出てきた時は両手に杖を持っていたが、今は、若い頃のように何の不安もなく立つことができた。そして、体が軽い。常にどこか痛みを感じていたはずだった。
その様子を見ていたチハヤが言う。
「タケル様は、皇様より特別な御力を譲り受けられたのです。命を守る尊き力。ですが、それは、自らの命を削る事なのです。」
「そうなのか・・・。」
長は、じっとタケルを見つめ、そして、そっと手を取った。
「我らの考えは・・きっと・・間違って居ったのだろうな・・・。済まぬ。」
長は、タケルに深く頭を下げる。
「イラコよ、タケル様が目を覚まされたら、頭領の御館へご案内せよ。そして、これまでの経緯を全てお話しし、伊勢・・いや、ヤマトとの戦を一刻も早くやめるよう進言するのだ。」

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