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1-12 吉胡の郷 [アスカケ外伝 第2部]

タケルが目を覚ましたのは翌日だった。
渥美一族の頭領が住む、吉胡の郷へ向かう支度は既に終わっていた。ヤスキから一通りの事を聞き、イラコと共に大船ですぐに吉胡へ向かうことにした。
伊勢から運んできた米は、福江の長の指示で、たくさんの小舟に分けて乗せられ、渥美の小さな郷へ隈なく配られた。そして、タケルの起こした奇跡は、「神にも通じる力」と誰かが言い始め、渥美の衆の中では「タケル様の神力」と呼ばれるようになり、多くの郷に伝わっていた。それとともに、ヤマトとの戦が無意味なものだという事も伝わった。
服江の港から穏やかな内海を進み、高い山を回り込むと、吉胡の港がある。ミムラは、服江の港を出る時、長から聞いた事が気掛かりだった。
『先ごろ、我が頭領が病で亡くなり、まだ若い息子が跡を継いだ。その時、穂の国より、国を治める手助けにと、イソキなる男がやってきた。今、奴が、渥美の兵を率いて戦をしておる。奴を説き伏せねば、戦は終わらぬ。』
長の口調は、イソキという男を嫌っているようであり、一筋縄ではいかぬ者だという事が感じられた。
「タケル様、我が伊勢の軍船はこのまま吉胡の港に入るのは危ういかもしれません。」
ミムラが、タケルに相談すると、タケルも同様に考えていた。
「私も、何か不穏なものを感じます。伊勢の軍船が入れば、戦になるかも知れません。」
結局、伊勢の軍船を吉胡の港には入れずに、山を隔てた裏側の白谷の港へ着けることにした。そして、そこから、ヤスキとシルベは、山を越えて、吉胡の郷へ行くことにし、白谷の港で、イラコの漁師仲間が道案内をすることになった。
チハヤは、軍船に残ることにした。
タケルやイラコたちを乗せた大船が、吉胡の港に入る。対岸には、穂の国がある。「神の力」の話を聞いた郷の民は、皇子タケルを一目見ようと集まっている。
大船が桟橋に着くと、周囲から歓声が上がる。
船からイラコが先に降り、そして、ミムラ、タケルが順に降りて来る。見る間に、人が桟橋に押し寄せてくる。桟橋がぎしぎしと音を立てる。
「どいてくれ!頭領のところへ行かせてくれ!」
イラコは人波を掻き分けるようにして前へ進む。急に、民たちが引いていく。前方から、剣を構えた衛士の集団がやってきたのだ。衛士たちは、剣を構え、民に向ける。港の一角に大きな空間ができ、そこに、イラコやタケルたちが立つ格好になった。衛士の一人がタケルたちの前に傅いて言う。
「良くおいでくださいました。将軍がお待ちです。」
言葉は歓迎しているようだが、その声には、有無をも言わせぬような威圧感があった。衛士たちは剣を構えたまま、タケルたちを取り巻き、館へ案内する。
館は、吉胡の郷から少し離れた丘の上の、港を見下ろせる場所にあった。近頃になって建てられたと判るほど新しく荘厳な構えをしている。そして、館の周囲には獣除けの策や堀は作られており、館というより、戦のための砦のようにも見えた。
大門をくぐると、大屋根の館の玄関に、黒い衣に身を包んだ大男が立っていた。タケルたちを取り巻いていた衛士が左右に分かれる。剣は構えたままだった。
「ヤマトの皇子、よう参られた。私が渥美国の大将イソキでございます。」
丁寧な口調と笑顔を見せているが、目は笑っていない。そして、玄関の高い所から、タケルたちを見下ろし、自分の方が偉いのだと見せつける様な態度であった。
イラコが口を開く。
「頭領様に、面会を願います。」
それを聞いて、イソキが苦々しい顔をして答える。
「頭領様は、先日から病で臥せっておいでだ。私が代わりに聞こう。」
「いえ、頭領様にお話しせよと我が長に言われております。」
「フン・・だいたい見当はついている。ヤマトとの戦をやめよと申すのであろう。」
「はい。」
イラコが答える。
「・・福江の衆は、皇子の怪しげな術に騙されたのであろう。・・奇跡とか神の力とか申しておるようだが・・・。」
「いえ。怪しげな術などではございません。目の前で、タケル様の御力で、長様は命を救われました。あれは、神の御力に間違いございません。」
イラコが真剣な表情で答える。
「困ったものだな・・・純粋な我が民を誑かすとは・・・。」
イソキは、怒りをあらわにしてタケルを睨み付けた。
それを見て、ミムラが一歩前に出て、言った。
「私は、伊勢国、安濃津のミムラと申します。」
「ほう・・敵国の長の弟ではないか!良くもここまで来れたものだ。即刻殺してやっても良いのだが・・。」
「無意味な戦さは止めましょう。互いに誤解しております。我らは東国から攻められていると思い、渥美の方々はヤマトが攻めてきているのだと・・いずれも根拠のない事。きっと、我らが戦うことで利を得る者の陰謀に他なりません。」
ミムラはじっとイソキの眼を見て進言した。すると、イソキは顔面を紅潮させ、怒鳴るように言った。
「誤解?・・嘘を申すな!・・我らは、ヤマトの旗を掲げた軍船に幾度も襲われた。・・妖術を使い、民を誑かすだけでなく、虚言を並べて、儂までも騙そうとするとは・・許しがたい!おい、この者達を捕らえ、牢に入れておけ!」
イソキがそう言うと剣を構えた衛士たちが迫る。ミムラが腰の剣を抜こうとした時、「抵抗するな」とタケルが止めた。
「ほう・・意外に利口なようだな・・。」
イソキはそう言うと奥へ入って行った。タケルたちは、縄で縛られ、館の奥の牢へ閉じ込められてしまった。

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