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1-13 イソキの所業 [アスカケ外伝 第2部]

その頃、シルベとヤスキは、白谷の漁師に案内され、山を越えたところだった。人も通らぬ獣道を何とか抜けると、眼下に吉胡の郷が見えた。小高い丘の上に立つ館も見える。
「おそらく、あの館にいるだろう。」
シルベは館へ向かうことを提案した。だが、道案内をしてきた漁師が言う。
「あの館は簡単には入れない。イソキという、穂の国からきた者が、頭領の傍にいてこの国を治めている。以前、兵に召集されて拒んだ者が殺されたとも聞いた。イラコも無事では済むまい。」
それを聞いて、ヤスキはふと、子どもの頃聞いた「大和争乱」の話を思い出していた。
「少し、郷の様子を見ていこう。館にいるとしたら、おそらく囚われているに違いない。」
ヤスキはそう言うと、道案内の漁師と別れ、シルベと共に吉胡の郷へ入って行った。
吉胡の郷の港では、船で運んできた米が次々に降ろされていた。そしてそれらは、真っすぐ、館へ運ばれていた。シルベとヤスキは、米を肩に担ぎ、人夫達に紛れて館へ向かった。大門を通り抜けると、米は館の隣りにある蔵の中へ納められた。その様子を、館の窓から眺めている男が見えた。
「あれが、イソキという者か。」
ヤスキが小さく呟くと、隣にいた若い人夫が、「ああ、そうだ。」と呟く。その言葉が苦々しく聞こえたので、大門を出て、男を引き留め詳しい話を聞くことにした。
その人夫は、郷の若者で、ヨウジと言った。
「あいつのせいで、母は死んだ。兄は戦で取られ、漁にも出られず、食いものが手に入らず、体の弱かった母は死んだ。弟や妹も弱っている・・・。」
ヨウジは、歯を食いしばり、涙をこらえようとしている。
「あの米は、民に分けられるのではないのか?」
とシルベが訊く。
「我らもそう思っていた。他の郷では、皆で分けていると聞いて、我らも喜んだが、伊勢からの米は食ってはならぬとの命が出て、イソキが全てを取り上げた。運んできたイラコたちも囚われたと聞いた。」
「やはり、そうか。」とヤスキ。
「どうしますか?」とシルベが、ヤスキに訊く。
「まず、タケルたちがどこにいるか、探らねば・・・。」
ヤスキはそう言うと、港からは米を運んできた人夫から、米を引き継ぎ、再び館の中へ向かった。シルベも同様にして館へ入る。ヨウジも続いた。三人は、米を蔵に入れ、大門を出て行くふりをして、大門の横の茂みに身を潜めた。
「陽が落ちたら動こう。」
三人は暫くその場にとどまった。
館の中から米が運び込まれる様子をみていたイソキは、側近数人とともに、居室にいた。
「さて、ヤマトの皇子や伊勢の者はどうする?」
イソキが呟くと、奥の部屋から女性の声が響いた。
「まずは、穂の国の王へ事の次第を伝えましょう。王からの指示を仰ぐのが一番。」
「良かろう。すぐに使者を向かわせるのだ。」
「はい。」
側近はすぐに人を呼び使者を行かせた。
「民たちは、如何すれば良かろう。すでに、伊勢国との戦の真実を知った以上、これまで同様とはいかぬであろう。」
また、奥の部屋から声がした。
「また、例の策を取りましょう。」
「例の策?・・おお、あの軍船に、今一度、戦を仕掛けてもらうという事か。」
「此度は、福江あたりの郷を襲わせましょう。神の力の話の発端になっておるゆえ、郷の者を皆殺しにして、周囲の郷にも知らしめたほうが良いでしょう。」
「伊勢と通じた報いを受けたという事か・・。」
「ええ。」
「しかし・・それは余りに酷くはないか?」
「いいえ、惨い仕打ちをするのは、”ヤマトの軍船”。誼を通じたにもかかわらず、それを皆殺しにする、恐ろしき国、それがヤマトだと知らしめるのです。」
女性の言葉を聞いて、イソキはため息をついた。
「頭領にはどう説明する?」
「あれは、もうしばらくで、亡くなります。何も心配する事などありません。」
女性の言葉は冷徹であった。そして、頭領亡き後を望んでいるかのようであった。
イソキは、背筋が凍り付くような気持で、女性の言葉を聞いていた。
夕刻を迎え、辺りが薄暗くなり始めた。茂みに潜んでいた三人がようやく動き始める。
「おそらく、牢にでも入れられているはずです。昔、兄が入れられたことがあり、だいたいの場所は判ります。」
ヨウジは、二人を案内する。館の床下に入り込み、音をたてないようにして進む。暗闇ではあるが、床の隙間から灯りが差し込み、意外に進めた。
館の奥、北面まで来た時、前方に、灯りが見えた。
「あそこか?」とヤスキ。
「はい。」
入口には、監視のための衛士が一人座っているだけだった。シルベがそっと背後から近づき、衛士の口を押え、腹を強く殴りつける。たちまち、衛士は気を失った。
三人は、階段を下りる。そこには、たくさんの灯りが灯された大きな牢があった。だが、タケルたちの姿はない。代わりに、牢の中には、横たわる男と侍女らしき者が数人いて、見知らぬ男たちの侵入に、声も出ない様子だった。
「静かに!われらは怪しいものではない。助けに来た。」
ヤスキが言うと、侍女たちは小さく頷いた。

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