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1-22 師崎沖 [アスカケ外伝 第2部]

福江に向かう軍船の船縁で、タケルは遠くを見つめ、この先の事を考えていた。
戦を収める事が皇アスカから託された使命だった。だが、思うようにいかない。戦火は広がるばかり。この先、知多一族との戦で勝利する道以外ないのか。戦をせずに済む道はないのか。答えは出ない。
「タケル様。」
船縁にたたずむタケルに、サトルが跪いて呼びかける。
「どうしました?」とタケル。
「熱田にいた時、知多の水軍から逃げて来た兵士と逢いました。」
「逃げて来た兵?」
「はい。その者が言うには、知多水軍の大将は知多一族の者ではないというのです。どうやら、隣国、三河の国から参った者らしいのです。」
タケルはじっとサトルの話を聞いた。
「知多国は、熱田の郷と同様、半島全体にある、小さな郷の集まりに過ぎず、頭領一族も、大高から師崎までの西側の郷を治める程度の力しかないようです。それに、いずれの郷も、山地ばかりで、僅かな田畑しかない様子でした。大高は、比較的田畑も多く、周囲の郷も豊かだったこともあり、その力で、貧しい郷を配下にしたようです。」
サトルは、僅かの間に、知多の事情を丹念に調べたようだった。
サトルはさらに続けた。
「それに、知多の一族は水軍など持っていなかったというのです。隣国から来た男が、水軍を作り、東側の郷も従わせたようなのです。」
「三河の国から来た者が、水軍を率いているのですか。・・では、知多の頭領様はいかがされているのでしょう。」
「そこまでは判りませんでした。ただ、こちらに向かう時、河和や野間、寺本、山田の荘など、水軍に抵抗し続けているところもあると聞きました。」
「サトル殿は、良く調べられましたね・・。」
タケルが言うと、サトルは少し躊躇いがちに答える。
「実は・・私は、耳が良く、遠くの小さな話し声も聞きとれるのです。・・幼い頃は、ひそひそ話を聞き、それを口にして、何度も怒られました。大人たちは、人のうわさ話が好きですから、小さな声で話す言葉に、その人の本心が見えるようで・・・。こんな力などない方が良いのです。」
サトルは自分の特別な力が嫌いだと言う。
「しかし、此度は、その力が役に立っています。きっと、多くの人を救うことができるはずです。これからも力を貸してください。」
サトルは皇子タケルに褒められ、嬉しくてたまらない様子を見せる。
タケルは、サトルの話を聞き、この先どうすべきかを考えていたが、サトルならどうするのか知りたくなり、率直に聞いてみた。
「サトル殿なら、この先、どうしますか?」
突然の質問にサトルは戸惑った。だが、一つだけ思いついたことがあった。
「知多の郷を、水軍の大将から解放する事が第一だと思います。」
「そのためには、何をすればいいでしょうか?」
サトルには、その先の答えが見つからなかった。
「例えば、大軍をもって水軍と闘い、知多の大将を倒す事は?」
タケルが問う。
「いえ、それでは・・やはり、ヤマトが他国を侵すことになりましょう。多くの兵が傷つき、敵の大将と同じ穴のムジナということになります。」
「では、水軍に抵抗している郷の者達に奮起を促し、戦いを進めていくのは?」
「それでは・・多くの民が傷つきます。それに、あの、水軍に勝てる保証もありません。」
サトルの答えを聞きながら、タケルは決断した。
「ならば、水軍の大将に、直接会い、熱田の姫や、知多の郷を解放するよう、迫るほかに手立てはないようですね。」
タケルの答えは余りに無謀だった。
だが、戦を収める道はそれしかないとサトルも思った。
「サトル殿、私を案内してください。大高へ参りましょう。」
船は福江の港に着いた。
「皆さんは、守りを固めてください。私はこれから大高へ向かいます。この戦を止めるには、知多の大将を説得するほかありません。シルベ殿とチハヤ殿は、ここに残り、皆を助けてください。ヤスキ殿は私と共に来てください。」
船を降りると、すぐに、タケルは皆に言った。
「いや・・私もお供いたします。」
チハヤが言う。
「いえ・・この先、どうなるか判りません。これ以上、危うい目に遭わせることは、伊勢国ホムラ様やミムラ様に申し訳が立ちません。チハヤ殿は、伊勢国にとって大事な人だと聞きました。どうか、シルベ様、チハヤ殿をお守りください。」
タケルは、チハヤの身の上を、既に承知していた。
「でも・・。」
チハヤは納得できない。だが、シルベが跪いて答える。
「承知しました。皇子のご命令、命に代えても、チハヤ様をお守りいたします。」
イラコが小舟を用意してきた。
「途中まで私が案内しましょう。」
イラコの漕ぐ船で、タケルとヤスキ、サトルは服江の港を離れた。港を出て、篠島まで渡り、さらにその先の日間賀島に着いた。
「ここからさらに、北へ向かい、亀崎あたりから、山道を抜けて大高の郷へ入るのがいいでしょう。ただ、この先は私もあまり行ったことがなく、不案内なのです。」
イラコは申し訳なさそうに言った。

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