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1-23 大高を目指す [アスカケ外伝 第2部]

タケルとヤスキ、サトルの三人は、日間賀島の港でイラコと別れた。別れ際に、イラコは、日間賀島の漁師を一人、紹介してくれた。
「ここの漁師のほとんどは、師崎に住処を持っていて、ほとんどが、仮の家で暮らしています。まあ、むさくるしいところですが、どうぞ。」
イラコの紹介した漁師、名はカツジといい、イラコよりもやや年上のようだった。案内された家は、カツジが言う通り、細い木を寄せ集めて作った掘立小屋という程度のものだった。だが、中に入ると、囲炉裏が中央にあり、隅には藁が敷き詰められた寝床もあり、寝泊まりするには十分だった。
カツジは、イラコから凡その事は聞いていた。
「大高の郷へ行くには、やはり、亀崎辺りから入った方が良いでしょう。ただ、昼間は避けた方が良いでしょう。あの辺りは、大高の水軍に抵抗している者が多く、他所から来た者を容赦なく捕まえているようです。例え、ヤマトの皇子であると名乗ったとしても、それを素直に信じる者はないでしょう。」
カツジは囲炉裏に火を入れ、鍋に僅かな米を入れ、魚と共に煮始めた。
「都人(みやこびと)の御口に合うか、自信はありませんが・・ここらの漁師は毎日、こんな飯を食っています。どうぞ。」
カツジは、椀に鍋から魚と米を掬い、差し出す。
タケルは、両手でしっかり受け取り、口をつける。
「旨い。・・・魚が良いのでしょうか・・これほど旨いものは都では口にできません。」
そう言って、お代わりを求める。ヤスキもサトルも、タケルに続いた。カツジは上機嫌で振舞う。三人が満足そうに食べるのを見ながら、カツジは思案していた。
「ああ・・そうだ。この島に、タツルという者が居ります。あやつなら何とかなるかもしれません。」
カツジはそう言うと、小屋を出て行くと、すぐに戻ってきた。
「こいつが、タツルです。」
連れてきた男は、随分と体格が良い。だが、まだ幼い容貌を残していた。
「こいつは、途轍もなく、夜目が利くんです。昼間は、一切、外に出られませんが、僅かな月の光があれば、自由自在に動き回れる。それを、島の長が見出して、夜に漁をするように教えたのです。夜、魚もほとんど眠っています。暗い海を潜り、眠っている魚を捕まえるのですから、凄いもんです。我らには真似ができません。こいつなら、亀崎まで夜のうちに連れていけるかもしれません。」
夜目が利く者の話は、タケルもヤスキも、アスカケの話の中で、九重を回っていた時の事を聞いたことがあった。そんな人間がいるのかと半信半疑で話を聞いていたが、実際に居るのだと知り、驚いた。
タツルは小さく頭を下げる。どこかぎこちない仕草だった。
「すみません・・。こいつは、そういう事情で小さい時から家の奥深くで、隠れるように暮らしていたんで、人と話をするのが苦手なんです。」
カツジは笑顔を浮かべながら、さらっと言った。
タツルは、俯きながら小さな声で言った。
「船を用意してあります。すぐに出発しましょう。」
タツルに誘われて、三人は港へ向かう。
「お気をつけて。」
カツジの見送りを受け、三人は、タツルの案内で亀崎へ向かった。
タツルは無口だった。タケルやヤスキは、船の行く先を、目を凝らして見てみるが、暗闇の海が広がり、さっぱりわからない。左手に僅かに小さな光が見えるだけだった。
サトルは、船に乗ってから、じっと耳を澄ましている。波の音、タツルの櫓を漕ぐ音が静かな海に響いている。暫くすると、サトルが口を開く。
「港が近いようです。」
暗闇の中、何も見えない。
「ああ・・もうすぐ、亀崎です。左手を見てください。松明を持った男達がいる。」
タケルとヤスキは言われるまま、視線を送るが、僅かに灯りのようなものは見えるが、人影までは判らない。
「ええ・・男が二人、話しているようです。・・どうやら、見張り番のようですね。」
サトルの言葉に、タツルは少し驚いた表情を見せ訊いた。
「お前も見えるのか?」
「いや・・音が聞こえる。話し声だ・・・。まだ、こちらには気づいていない。」
サトルは答えた。
「このまま、港に入ると物騒なので、手前の岩陰に着けます。そこから、崖を上り、山中に潜んでください。この先は、夜が明けてから動いた方が良い。そこの山には、獣がたくさんいる。夜は獣たちの世界だ。・・それと、ただ、くれぐれも郷には下りないように。・・大高の戦が始まってから、皆、疑心暗鬼になっています。」
タツルはそう言いながら、岩陰の深い所に船を入れる。
そこで、船を降り、言われた通り、崖を上る。暗闇の中、這いずるようにしながら、何とか登り切ると、木の陰に身を潜めて朝を待った。
三人は交代で、眠った。周囲からは、時折、怪しげな音が聞こえている。
朝日が昇り始めると、三人は立ち上がり、崖の上から見下ろした。足元に、亀崎の郷が見えた。港には、甲冑を身につけた男たちが歩いている。軍船の姿は見えない。
「さあ、大高へ向かおう。」
タケルが言うと、ヤスキが先頭になって、山を進んだ。行く手には、大木はない代わり、低い木々と草叢で、道などない。ヤスキは、剣を抜き、木々や蔦等を払いながら、道を作りながら進む。真ん中を、サトルが行く。サトルは、行く先に聞き耳を立て注意深く進む。そして最後尾に、タケルが続く。思うようには進めず、目指す大高の郷は全く見えなかった。


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