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1-24 山中の出逢い [アスカケ外伝 第2部]

夕暮れ近くなった頃、ふいに、サトルがヤスキの背に手を当てて、しゃがみ込むように合図した。三人は、草叢に身を隠す。
「この先に誰か居ます。」
囁くような声でサトルが言う。さらに耳を澄まして、その声を探る。
「若い娘のようです・・・一人でしょうか・・・。」
サトルの言葉にヤスキは、ゆっくりと草の隙間から先の様子を探る。
「館・・のようなものが・・見えるな・・。どうする?」
ヤスキも囁くような声で言う。
「見つからない方が良いでしょう。少し、回り道をしていきましょう。」
タケルはそう言うと、今来た道を少し戻ってから、周囲の様子を見ながら、右手に進む。できるだけ音を立てないよう、慎重に進む。木々の間を進んでいくと、ふいに、目の前が開けた。山の中にぽっかりと拓かれた土地があり、よく見ると、畑になっている。周囲に身を隠せるようなところはない。タケルは畑の縁に沿って、できるだけ身を低くしながら進む。ヤスキとサトルもタケルの後に続く。
半分ほど来た時だった。畑の周囲の藪の中から、大男が姿を現した。その男は、白髪で白い髭を伸ばし、右手に剣、左手に杖を突いている。三人の前に立ちはだかる。
「何者!」
凛とした声が響く。ヤスキが剣を構えようとした時、タケルが止めた。
「怪しいものではありません。」
タケルが言うと、その大男は、眉をひそめて答える。
「自らを怪しい者だと名乗る者など居らぬぞ!名を名乗れ!」
その声は、まるで熊の雄叫びのようにも聞こえた。
「私はタケル、そして、ヤスキとサトル。皆、大和から参りました。」
それを聞いて、その大男が急に態度を変えた。
「大和から・・なら、あなたはヤマトの皇子タケル様ですか?」
「はい・・そうです、しかし、なぜ私の事を?」
タケルは不思議だった。
「先日、師崎の郷の者から、神の力を持つ大和の皇子タケル様が、渥美の悪しき者を退け、安寧をもたらしたという話をしておりました。・・まさか、かようなところでお会いできようとは・・。」
大男は歓喜の表情を浮かべ、タケルの前に傅いた。そして、
「どうか、知多にも安寧をもたらして下さりませ。」
と言った。
三人は、大男の案内で、先ほどの館に招かれた。館に入ると、中に、若い娘がいた。
「もう日が暮れます。今宵は、ここでお過ごしください。」
男はそう言うと、囲炉裏に火を入れ、夕餉に支度を始めた。娘は、一段高い座敷に座ったまま動こうとはしない。表情も少しぼんやりとしていた。
「私の名は、イカヅチと申します。知多国の頭領キリト様を長くお支えしておりました。」
夕餉を差し出しながら、イカヅチが言った。
「その様な御方がなぜこんな山奥へ住まわれているのですか?」
タケルは率直に訊いてみた。
「それは・・」
イカヅチはそう言うと、娘の方へ一瞬視線を送り、少し声を落として話し始めた。
イカヅチの話では、知多国の頭領キリトはもともと大高の郷の長であり、欲のない人物だった。そこへ、三河から、イソカという男が現れ、言葉巧みに取り入り、知多国を領地にすべしと動き始めたという。
「キリト様をお支えしていた者は、多くが先代の長にもお仕えしておりました。キリト様にとっては、心を開いて話せる者がいなかった。そこへ、イソカが現れた。年も近く、話しも合い、次第に、キリト様はイソカを重宝がられるようになりました。」
イカヅチは、自らの責任であるような口ぶりで話した。
「大高の郷は小さきところ、このままでは、いずれ熱田や伊勢に取り込まれてしまうに違いない。今こそ、知多の郷をまとめ上げ、強き国、知多国を作るべし・・というイソカの言葉は、無欲だったキリト様を変えてしまった。我ら側近は反対しました。もともと、大高の郷は、近隣の郷と親しくし、手を携える事で、かろうじて、民の暮らしを守れるところです。他の郷を従えるなど、無謀極まりない。幾度もお諫めしたのですが・・その度に、我らを遠ざけるようになられました。」
「皆さまは今どうされているのでしょうか?」と、タケルが訊く。
「あれは・・確か、知多の多くの郷の長を集め、知多国建国を相談した日の事でした。半分ほどの郷の長は、知多国に賛同し、大高へ従うと申しました。ですが、半分ほどは従わないと表明したのです。・・これに、立腹したキリト様が、反対する長たちを捕らえようとされました。我らは、必死に止めました。結局、館周辺で小さな戦のような状態になってしまった。・・側近の半分ほどは、その時、命を落としました。半分ほどは、大高を去りました。」
「何とした事か・・・内乱ではないか!」
ヤスキが怒りを込めて言った。
「酷い事です・・・安寧な日々があの日を境に大きく変わってしまいました。・・その後、イソカは水軍を作りました。そして・・ヤマトと戦を構える事となったわけです。」
イカヅチは残念そうに言う。
「しかし・・ヤマトは兵を動かしてはいません。・・ヤマトとの戦というのは、イソカの虚言でしょう?」とタケル。
「いえ・・そうではありません。私も、沖合に迫るヤマトの水軍を見ました。イソカも、慌てて応戦し、何とか退けることができましたが・・間違いなく、ヤマトの軍船でした。」
イカヅチも真剣な顔で話した。
タケルは、あの古い旗印を掲げた軍船によるものだと確信した。そして、裏でそれを操り、渥美や知多、熱田、伊勢を混乱させ、無用な戦を指せている者がいる。戦の張本人を探し出さねば、戦は収まらない。そう確信していた。

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