SSブログ

1-15 命を削る [アスカケ外伝 第2部]

「ならば、その・・イカナヒメが元凶ということか?」とミムラが訊く。
「いや、もっと裏で糸を引いているものがいるに違いない。」と、言ったのはヤスキだった。春日の杜で何度も大和争乱の話を聞いた。そして、目の前に見える悪よりも、見えぬ悪の方が恐ろしい事のだと教わった事を思い出していた。
「知多の一族も戦に加わっているのだから、そこにも何かある。イカナヒメだけのたくらみではないはずです。」
そう言ったのはタケルだった。
「しかし、まず、頭領ハルキ様をお助けせねば。軍船に戻れば、チハヤ様がいます。」
そう言ったのは、シルベだった。
皆、昼間に越えて来た道を探りながら、白谷を目指した。
館の異変に気付いたのは、タケルたちが逃げ延びて、かなり時間が経ってからだった。衛士から、イソキへ、見た事もない獣が牢獄の囚人たちを逃したと報告された。
「獣が囚人を逃しただと!・・何をふざけて居る!・・守衛の役をしくじったからと言って、そんな戯言で誤魔化そうなどとは・・・。」
イソキは報告に来た衛士をその場で切り殺した。さらに、他の衛士が来て、頭領と侍女たちも脱獄したことが知らされた。
「いったい、どういう事だ!」
イソキは怒りに任せ、その場に居合わせた衛士たちを切りつけた。皆、恐れて、館から逃げ出していく。
「落ち着きなさい。・・ここを抜け出したとしてもあの体ではそう長くは持ちますまい。」
イカナヒメが、イソキを宥めるように言う。
「吉胡の郷や周辺を隈なく調べさせるのです。匿った者は罪人であると触れ回れば良い。すぐに居場所は判るでしょう。」
イカナヒメが言うと、側近がすぐに動き始めた。
早朝、吉胡の郷では、衛士たちが、家を一軒ずつ回って、中を調べ始めた。一日調べたが、どこにもタケルたちや頭領たちの姿はなかった。
「なぜだ!なぜ見つからぬ!・・・もはや、容赦できぬ。すぐに、福江に軍船を向かわせろ!逆らうものは全て殺せ!」
イソキは、焦っていた。
もし、頭領ハルキが生き延びたなら、自分の悪行がすべて露見してしまう。民が暴動を起こさぬとも限らない。イソキは、予想外に肝の小さな男だった。
その頃、山を越えて伊勢の軍船に辿り着けた一行は、すぐに港から出航した。そして、一度、福江の郷へ戻ることにした。
船中で、チハヤは、侍女から大よその事情を聴いた後、ハルキの容態を診た。食事も満足にとれておらず、栄養失調に陥っているばかりでなく、何か毒のようなものを飲まされているようであった。
チハヤは、解毒のための薬草を煎じ、ハルキに飲ませる。だが、思った以上に深刻な状態だった。このままでは、命が費えるのは時間の問題だった。タケルの特別な力を使えば、回復できるだろう。だが、それはタケルの命を削る様なもの。
チハヤは迷っていた。
「どうだ?ハルキ様は良くなるのか?」
船縁で佇むチハヤに、ヤスキが訊く。チハヤは返答に困っている。
シルベは、船に戻ってから、チハヤの傍にいて、チハヤが抱えている悩みが判っていた。
「チハヤ様!頭領様が・・。」
侍女が血相を変えてやってきた。
チハヤは慌てて、戻る。そこには、もう息をする事さえ厳しくなっているハルキの姿があった。
すっと、タケルが部屋に入ってきた。首飾りがキラキラと輝いている。
「チハヤ、母上が、ハルキ様をお助けせよと申されているようだ。」
「でも・・」
「大丈夫だ。チハヤが傍にいれば、私はまた元気になれる。」
タケルはそう言うと、ハルキの横に座り、右手をハルキの胸辺りに置き、左手で首飾りを強く握りしめた。
キラキラと輝く首飾りから、さらに強い光が発し始める。狭い船室の中が黄色い光で満たされていく。チハヤは、そっとタケルの背に手を当てた。なぜかは判らなかった。ただ、そうすべきだと感じた。チハヤの手がタケルの背に触れると、光の色が変わっていく。黄色い光は徐々に赤くなり、まるで朝焼けの中にいるようだった。
チハヤの体にも異変が起きていた。長い黒髪が徐々に色を失い、金色に輝き始めた。そして、赤い光はさらに強さを増し、閃光となって消えた。
光が収まり、すぐにチハヤはハルキの手を取り、脈を診た。ドクンドクンと力強い。呼吸もしっかりしていた。そして、なにより、痩せ細っていた顔に張りが出て、一見して元気ないなったことが判るほどだった。
「もう大丈夫・・。」
チハヤはそう言うと、その場に倒れてしまった。タケルも同様に気を失っている。
ヤスキとシルベは、二人を別の部屋で横にした。ほどなくして、チハヤが目を覚ます。
「タケルは?」
起き上がったチハヤは、自分の横で静かに眠っているタケルを見て、ほっとした。
そして、あの光の中にいた時間の不思議な感覚を思い出していた。体という殻から解放され、魂だけがタケルと一つになっていたような・・そして、そこには、皇アスカの温もりも感じた。
すぐに、タケルも目を覚まし、いつもの事と、チハヤが煎じた薬を飲んだ。
「チハヤ、その髪は・・。」
タケルが気付く。チハヤの髪は、黒髪に戻ってはいたが、右の耳の上辺りの一カ所だけ、金髪のままになっていたのだった。

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント