SSブログ

1-16 ヤマトの船 [アスカケ外伝 第2部]

福江の郷に着くと、すぐに、長の館へ一同は迎えられた。
長は、頭領ハルキの前で深々と頭を下げ、「ご無事で何よりでした。」と述べた。
イラコが、吉胡の郷での事を長に話す。タケルの力で、すっかり元気を取り戻した頭領ハルキは、取り巻く人々を前に、深々と頭を下げる。
「私の力が足りないばかりに・・皆に苦難を強いてしまいました。申し訳ない。」
その言葉に、長達、福江の衆は、涙を溢した。
「タケル様には、何と言ってお礼をすれば良いか判らぬが・・渥美国の全ての民に代わり、深く礼を申します。」
長は深々と頭を下げる。
「礼など不要です。それより、気掛かりがあります。・・我らが牢獄から抜け出したことで、きっと、イカナヒメやイソキ達は次の手を打ってくるに違いありません。」
タケルが言うと、長が答える。
「おそらく、兵を率いて、頭領やカケル様の行方を捜しているに違いないでしょう。自らの悪行が露見する前に、口封じするつもりでしょう。」
「ええ・・福江にも害が及ぶかもしれません・・。」
それを聞いて、頭領ハルキが答える。
「これは、渥美国の中での事。この始末は、頭領である私の仕事です。」
これを聞いて、長が笑顔を浮かべて答えた。
「渥美国の民として、悪しき者に抗い、正しき国を作るため、頭領を助けるのは民の役目。如何なることになろうとも、覚悟はしております。」
長の言葉は正しかった。他国との戦ではない、自国の内乱である。悪しき為政者を倒すのは、民の力でしか叶わぬ事だった。
「沖に、軍船です!」
港から突然知らせが届いた。すぐに、港へ向かう。
沖に漁に出ていた漁師が、沖合で軍船を見たと言ってきたのだった。
ミムラはすぐに伊勢の軍船に出航させる。ヤスキとシルベも、伊勢の軍船に乗り込んだ。タケルは、港に残り、頭領と共に、郷の民に被害が出ないよう、皆を集め、長の案内で高台に設えられていた砦へ向かった。
砦に上ると、遥か沖合まで見渡せた。まだ、かなり距離があるようだが、福江から北の方角に軍船の姿があった。さらに、東方へ目を遣ると別の軍船が数隻見えた。二方向から、軍船がこちらに向かっていることになる。これらが通じているとすれば、伊勢の軍船は挟み撃ちに会い、勝ち目はない。
タケルは、皆が砦に入ったことを確認すると、再び港へ戻った。頭領ハルキも共に戦うと言ったが、まだ、体調は万全ではない中、無理はできない。
「頭領様は、民をお守りくださるようお願いいたします。皆、不安な心持のはず。ここからしっかり戦況を見ておいてください。万一の時は・・。」
と、タケルが言うと、頭領ハルキは強く頷いた。
タケルは港に走る。イラコが港にいた。
「タケル様、お乗りください。」
イラコには、タケルの考えが判っているようだった。数人の若者が中型の船に乗り込み、港を漕ぎだした。
軍船がどんどん近づいてくる。やはり、伊勢の船は挟まれる格好になる。タケルは、船の舳先でじっと敵の軍船を見つめる。
北からの軍船には、大きな旗印が掲げてあった。どこかで見た事のある文様だった。
イラコが叫ぶ。
「あれは・・ヤマトの軍船です!」
「いや、ヤマトの都は山に囲まれて、軍船など持っていません。」とタケル。
「ですが・・あれこそ、戦の発端となった船。あの文様はヤマトのものだと・・」
そう言われて、タケルはハッと思い出した。
確か、あれは、モリヒコの畝傍の館の蔵の中で見た文様だった。畝傍の館は、大和争乱の前は、物部氏の館だったはず。あの蔵の中には、物部氏が残していった物が保管されたままだった。幼い頃、父に連れられ訪れた、畝傍の館で、父とモリヒコが話していた記憶があった。とすれば、あの軍船の旗印は、物部氏にゆかりのある者が掲げているという事になる。どのような経緯でそうなったのか、悪しき者に使われているとすれば、忌々しき事だとタケルは考えた。
「イラコ様、我らは、あちらの軍船に向かいましょう。」
タケルの乗った船は、東に向きを変えた。僅かでも、イソキの軍船を足止めできれば、勝機も見えてくる。タケルたちの船には、大した武器はない。沖合を進む軍船にできるだけ気づかれないよう、海岸に沿って進む。途中、岩陰に隠れながら、軍船の後ろに回り込むことにした。
イソキは軍船の甲板から、”ヤマトの軍船”が福江の港の沖にいるのを見つけた。
「ほう、意外と早く動いてくれたようだな・・。少し、様子を見るとするか・・。」
伊勢の軍船との戦の成り行きによっては、途中で参戦し、”ヤマトの軍船”を退ける形を取り、福江の民を救う体裁を取れば、とも考えていた。
福江の沖に、”ヤマトの軍船”は、徐々に近づいてくる。東からの軍船は、イソキが率いる兵たちが乗っていた。甲板には、兵たちが弓を構えているのが見える。
「挟まれれば勝ち目はない。風を使い、一気にあの軍船の背後に回るぞ!」
ミムラが号令する。
帆が大きく張られ、伊勢の軍船が西へ舳先を向ける。それに釣られるように”ヤマトの軍船”が主舵を切る。イソキの軍船からは少し距離を取った。
伊勢の軍船と、”ヤマトの軍船”の距離が、徐々に縮まっていく。
敵船の甲板の兵の顔が判るほどになると、敵船が矢を放ち始めた。すぐには届かなかったが、徐々に船体に当たるようになる。応戦して矢を放つ。だが、敵の方が圧倒的に、数が多く、このままでは、こちらが不利なのは明白だった。

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント