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1-19 イカナヒメとイソキ [アスカケ外伝 第2部]

「もしや、イソキがその物部氏のかたわれという事はありませんか?」
ミムラが訊く。
「いや・・あの者はただ、イカナヒメの意のままに動いていただけでしょう。弁は立ちますが、それほどの度胸はない。イカナヒメが見捨てたわけですから・・」
と、頭領が答える。
「確か、イカナヒメは穂の国から輿入れされたと・・どういう御方なのでしょう?」
「私が幼き頃の事ゆえ、詳しくは・・。」
と頭領が言うと、料理を運んできた侍女が口を開いた。
「僭越ながら申し上げます。・・イカナヒメ様は、穂の国の王、アリトノミコト様の妹君です。御輿入れの際には、たくさんの米や金銀、宝石等が穂の国から運ばれました。若きゆえ、我がままではありましたが、本来、お優しい御方で、幼きハルキ様を可愛がっておられました。」
頭領はふっと幼い頃の記憶がよみがえってきた。侍女の言う通り、古い館で幾度か遊んでもらった記憶があった。
「その頃、穂の国と我が渥美は、互いに行き来し、親交を深め、支え合う様な関係だったと思います。」
その侍女は、随分と詳しく知っているようだった。
「其方、名を何と申す?」
ミムラが気になって訊いた。
「恐れ多い事でございます・・侍女の一人に過ぎません・・。」
その侍女はそう言ってその場を立ち去ろうとした。
「待ちなさい。確か、その方・・そうだ、我が母の侍女であった・・いや、そうではない・・母に代わり私を育ててくれた、ユメであろう。」
頭領ハルキの言葉に、侍女は立ちどまり、その場にしゃがみこんだ。そして、静かに涙を溢していた。その侍女は、ハルキの乳母ユメであった。
「どこに居ったのだ?」
ハルキが問う。ユメは、ゆっくり立ち上がり、涙を拭い、ハルキの顔を見て言った。
「イカナヒメ様から、お役を解かれ、白谷の郷に戻っておりました。イカナヒメ様がおられぬようになり、ハルキ様が戻られたと聞き、居ても立ってもいられず、何とか、館に入れてもらいました。」
「息災で何よりだった。心配かけたな。」
ハルキは労わるように言った。ユメは再び涙を溢す。
「ユメ殿、もう少し話を聞かせてもらえませんか?」
カケルが訊く。
ユメの話では、輿入れして暫くは、イカナヒメは、後妻として懸命に努力していたようだった。ハルキも可愛がっていた。だが、なかなか自分に子が出来ず、そのうち、先の頭領が体を壊してしまい亡くなると、急に様子が変わったという。そんな頃に、イソキが穂の国から宰相として送り込まれた。幼いハルキでは一国の頭領はできず、イカナヒメの相談役としてやってきたのだという。
「イカナヒメ様は、何か事があるたびに、イソキ様と相談されておりました。」
「国を治めるなど、イカナヒメにはできる事ではない。・・そのために、イソキが送り込まれたのだろうな・・。」
と、ミムラが言う。
「ただ、その仲は、姫と臣下ではないように感じておりました。朝な夕なに部屋に入り、時には深夜まで・・侍女の間でも、二人の親密さにあらぬ噂を立てる者もおりました。ですから、私はその事をイカナヒメ様に御注進申し上げましたところ、お役を解かれてしまいました。」
「つまり、イカナヒメとイソキは男女の仲となり、二人で渥美国をわが物にしようと考え、ハルキ様を幽閉したということか・・。」
とヤスキが言う。
「だが・・それなら、イカナヒメは何故、闇夜にここを抜け出したのだ。男女の仲であれば、まず、イソキを心配するのが筋ではないか?」
と言ったのはシルベだった。
それを聞いた皆が不思議な顔をした。
とうてい、男女の仲とは縁遠いような風体であり、年齢も皆よりずっと上である。熱く語る姿が不似合いだったからだ。
「まあ・・それほど深い仲ではなかったという事だろう・・イソキの方は判らぬが、イカナヒメはそれほど深く思っていなかったという事だろう。・・イカナヒメは王の妹、言ってみれば高貴な身分。イソキがどれほどの者かは知らぬが、どちらにしても、分不相応ともいえる仲ではないか?きっと、イカナヒメにはそれほどの執着はなかったのだろう。」
ヤスキが言う。シルベには、「分不相応」という言葉が突き刺さり、口を噤んでしまった。
「そんな…分不相応なんてこと・・」
今度は、チハヤが強い口調で言った。
「おい、チハヤ、どうした?何でそんな・・おい、何で泣いているんだ?」
ヤスキはチハヤの表情を見て驚いた。顔を真っ赤にして、怒っている様な、悲しんでいるような複雑な顔をしていた。
タケルは、実のところ、よく判らなかった。男女の仲と言われても、父と母の仲睦まじい姿しか思い浮かばない。それと戦とが繋がらないでいた。
「いずれにせよ、穂の国の関与は確実でしょう。だが、こちらから仕掛けるわけにはいかない。相手の出方を待つほかありません。・・その間に、渥美国の立て直しをしましょう。ハルキ様を頭領に、渥美国の安寧のため。どのような形で国を治めるのが良いか、皆で知恵を出し合いましょう。」
タケルが、そう提案すると、頭領ハルキは、一同を見て、「是非ともお力をお貸しください」と頭を下げた。

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