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1-26 砦 [アスカケ外伝 第2部]

不意に、外で何か物音がした。イカヅチが戻ってくるにはまだ早い。ヤスキは、そっと戸板を持ち上げ様子を伺う。遥か先の、前の森から、男が四人、姿を現した。甲冑を身につけ、剣も持っている。イソカの兵なのか。男達は、周囲の様子を確認するようにきょろきょろしながら、静かに館に近づいてくる。
「さっき、あの爺さんは猟に出かけた。今、館には娘一人だ。」
「本当に、綺麗な娘なのか?」
「ああ、間違いない。色白で長い髪、あれなら、イソカ様も満足されるに違いない。」
「イソカ様にではなく、三河の方へ連れて行った方が、良いんじゃないか?」
「まあ、とりあえず、捕まえて帰るとしよう。」
男達は、周囲をはばかることなく、悪巧みな話をしながら近づいてくる。男たちの目的は明確だった。
ヤスキは、静かに弓を手にした。
男四人と真正面からやり合えば、腕に覚えのあるヤスキでも叶わぬことは判っている。ヤスキは、そっと、戸板を上げて、僅かな隙間から矢を放った。
ビュンという音と共に、矢は真っ直ぐに一人の男を射抜いた。「うぐっ」小さな声を立てて、男がその場に崩れ落ちる。他の三人は、それを見て、地面に伏せた。
「おい、爺さんはいないはずじゃなかったのか!」
一人の男が、震えながら言う。
「間違いない、さっき、森の中を歩いているのを見た。・・まだ、誰かいるようだ。」
暫く、男たちはその場に伏せて、館の様子を探っている。ヤスキも、男たちの動きを探っている。地面に伏せた相手を射抜くのは容易い事ではない。かといって、撃って出ても、勝ち目はない。何とか、タケルたちやイカヅチに知らせねばならない。ヤスキは考えた。
そして、昔、アスカケで聞いた「矢笛」の事を思い出した。そしてすぐに、矢に細工をし始めた。その様子を、ヒナ姫は不思議そうな顔で見ている。
「よし、出来た。・・姫、ここから動かぬように。じっと身を潜めておいてください。」
ヤスキはそう言うと、戸を開けて外に出た。そして、力いっぱい弓を絞り、空高く、矢を放つ。
「ヒュウーン」甲高い音を立てて、矢が飛んでいく。
伏せていた男たちも、矢の行方を目で追った。
「なんだ?こけおどしか?」
男達は、立ち上がり、土を払いながら、ヤスキを睨み付ける。
「なんだ、まだ若いようだな・・。体は大きいが、戦は知らぬように見えるぞ。」
男が言うと、他の男も、剣を構えて、にやにやしながらヤスキを取り囲む。
矢笛の音は、遠くまで響き、猟の最中だったイカヅチの耳にも届いた。初めて聞く音に、イカヅチは館での異変にすぐに気付いた。採った獲物はそこいらに投げ捨て、急いで館へ戻った。
タケルたちは、大高の郷を見下ろせる高台に着き、一通り様子を伺って、帰路に着いていた頃、矢笛の音を耳にした。いや、音が聞こえたのはサトルだった。
「タケル様、館の方で甲高い笛のような音が聞こえました。」
サトルの言葉を聞き、タケルも、アスカケの話で聞いた矢笛の事を思い出していた。
「館で何か起きたに違いありません。急いで戻りましょう。」
タケルはそう言うと、山道を走りだす。サトルも必死についていこうとするが、タケルの足はとてつもなく早く、すぐに見失ってしまった。
ヤスキと男たちのにらみ合いは続いている。ヤスキは剣を構える。じりじりと距離が詰まっていく。いきなり、右側の男が切りかかってきた。ガキンという音とともに火花が飛ぶ。ヤスキは、春日の杜で幾度も剣の修行をしてきた。だが、切り合いをするのは初めてだった。剣と剣がぶつかる音と衝撃に、一瞬たじろぐ。
次に、左側の男が、剣を天に構えて襲い掛かってくる。ヤスキは、左に大きく剣を振り、払いのけようとする。切っ先が、男の腕を切りつけた。ヤスキは、鋭く固い剣の手入れを、欠かさなかった、だから、切れ味は鋭く、ヤスキの剣は男の腕をバッサリと切り取ってしまうことになった。血飛沫が上がり、男はもんどりうって倒れる。それを見て、正面の男が、正気を失ったのか、意味の分からない大声を出しながら、剣を振り回して、ヤスキに向かってくる。後ろに下がるヤスキ。足がふらつき、倒れ込む。そこへ、正気を失った男の振り回す剣が振り下ろされた。身を翻して避けようとした。だが、避けきれず、男の剣先は、ヤスキの背中を切りつけ、背中から血飛沫が吹いた。それでも、ヤスキは向き直ると、剣を振る。男の首が宙を舞った。
残りは一人。ヤスキは、何とか立ち上がり、剣を構える。しかし、体が定まらない。
「そんな体で戦えるのか?」
男がにやりとした表情で言う。わざと時間をかけ、ヤスキが弱まるのを待っている。ヤスキは徐々に力を失い、立っている事もできないほどだった。剣を杖のように地面に突き刺し、それを支えに何とか倒れずにいた。
「手に架けるほどではなさそうだな・・。」
男はそう言うと、ヤスキの横を通り、館へ入ろうとする。
「待・・て・・。」
か細い声しか出せない。男が館の戸に手を掛けた時、ビュンと音がしたと同時に、男がその場に倒れた。森の向こうに、イカヅチらしき男の姿が見える。ヤスキはそれを確認すると、その場に倒れた。
「ひな様!ヤスキ様!」
イカヅチは声のかぎりに叫び、足を引きずりながら急いで館へ戻る。館の前に着くと、男が三人、その場に倒れている。そして、戸口の前で、ヤスキも倒れていた。ヤスキの体の周りは真っ赤に染まっている。
すっと、戸口が開く。中から、ヒナが出てきた。外の様子が気になったのだろう。何が起きたのかは知らないまま、外に出た。目の前には、血に塗れたヤスキの姿があった。
「いやあー!!」
ヒナは、目の前の光景に悲鳴を上げた。

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