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1-27 神の力 [アスカケ外伝 第2部]

それから間もなく、タケルが館に戻ってきた。
立ち尽くすイカヅチ、血に塗れて横たわるヤスキ、ヤスキに縋り泣きわめくヒナ。そして、その近くに横たわる三人の男。タケルは何が起きたのか見当がついた。急いで、ヤスキの傍に駆け寄る。もう、ヤスキは虫の息だった。
「しっかりしろ!ヤスキ!」
タケルはヤスキの手を取り、声を掛ける。だが、ヤスキは、時々目を開けるものの、視線は定まらず、顔色もどんどん白くなっていく。息も小さく、時々、止まる。
「いかん・・このままでは・・。」
タケルは、首飾りを握り締め、「母上、どうかお力を!」と祈るように言った。すると、首飾りから光が発し始めた。最初は白く、徐々に黄色くなっていく。そのうち、茜色に光り始め、その光がヤスキの体を包む。縋り付いたままのヒナの体も、赤い光が包み込む。
そこへ、少し遅れてサトルが戻ってきた。サトルは、イカヅチの横に立ち、その光景を見ていた。春日の杜で、摂政カケルから聞いたことはあるが、見るのは初めてだった。
「あれは・・。」
と、イカヅチが小さな声で訊く。
「あれがヤマトの奇跡。皇アスカ様と、タケル様にしか起こせない奇跡の力です。」
「奇跡の力・・神の力か・・。」
そう言って、イカヅチは瞬きもせずじっと見守っている。
徐々に光が小さくなってきた。
「タケル様・・。」
その声は、ヤスキだった。息も絶え絶えだったヤスキは、目を見開いて、タケルの手を強く握り返した。背中の傷もすっかり閉じている。まだ、起き上がるほどの力はないが、命の危険は通り過ぎたようだった。
「ヤスキ・・もう・・大丈夫だ・・。」
タケルはそう言って微笑むと、その場に倒れてしまった。
「タケル様!」
慌てて、サトルが駆け寄る。
イカヅチとサトルは、ヤスキとタケルを館に運び入れ、座敷に横にした。二人とも、座敷で静かに眠っている。その間に、イカヅチとサトルは、館の前の男達の亡骸を土に埋めた。そして、庭先にある血の跡を丹念に消した。
先に目を覚ましたのは、ヤスキだった。ヤスキは起き上がると、サトルに言った。
「タケル様の懐に、薬袋があるはず。それは、チハヤ様が処方したタケル様の気付け薬だ。目が覚めたら、煎じて飲ませてください。」
サトルは言われるまま、タケルの懐を探ると、小さな袋があった。それを取り出し、中身を見る。特別な匂いがする。これを煎じれば、途轍もなく苦いだろうと想像できた。
そこへ、ヒナが近づき、サトルから袋を取り上げた。
「ヒナ様、それは、タケル様のお薬です。御返し下さい。」
サトルが言うと、ヒナが正気に戻ったような表情で言った。
「わかっています。私が支度をします。」
その言葉に、イカヅチもヤスキもサトルも、驚き、ポカンとした表情を浮かべた。
「ヒナ姫様?・・」
イカヅチは、聞き間違えたのではないかと呼んでみた。
「私は大丈夫です。昔の記憶は、まだ、ぼんやりしていますが、正気です。」
ヒナ姫は間違いなく正気に戻っている。
「あの光の中で・・私は亡き母を見ました。母は笑顔でした。そして、しっかりしなさいと仰いました。私は、その時、はっと我に返りました。何か心の中にあった黒い塊が一気に消え去ったような‥そんな気持ちです。」
イカヅチは、驚きを隠せなかった。もはや正気には戻らぬものと決めていた。だが、目の前の姫は、まさに館に居た時とかわらぬ利発さを見せている。
「奇跡だ・・・これがヤマトの神の力か・・・。」
イカヅチは、座敷に横たわるタケルを見て呟いた。
日も暮れはじめた頃、ようやくタケルが目を覚ました。すぐに、ヒナ姫が薬を用意して飲ませた。タケルは、表情一つ変えず薬を飲み干した。
「ありがとうございました・・何と、礼を述べればよいか・・。」
イカヅチが言う。
「私はヤスキを救いたい一心でやったことです。ヒナ姫様が正気に戻られたのは、これまでのイカヅチ様の努力が報われたという事でしょう。」
タケルはゆっくりと立ち上がり、ヤスキを見た。
一命を取り留め、意識が戻ったとはいえ、背中の傷は深く、すぐに動くのは無理だった。
「イカヅチ様、ヤスキ殿には養生が必要です。暫く、ここへ置いてもらえませんか?」
「その様な事、言うまでもありません。・・タケル様もお疲れの様子、今しばらく、ゆっくりされた方がよろしいでしょう。」
イカヅチの言う通り、タケルはまだ全力を使えるほどには回復できていなかった。だが、大高の将、イソカの動きがどうにも気になっていた。船を進めて、渥美や伊勢へ戦を仕掛けられはしまいかと考えていた。
「ヤスキ様の事は私がしっかりと看病いたします。私の命の恩人です。御安心下さい。」
ヒナ姫が、ヤスキの隣に居て、笑顔を浮かべ、タケルに言う。
「まあ、いずれにしてもすでに夜も更けております。動くとしても、明日朝になりましょう。今宵はゆっくり休まれるが宜しいかと存じます。」
しっかりとした言葉で、ヒナ姫が言う。タケルも安心してゆっくり休むことにした。

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