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1.11 囚われの身 [アスカケ外伝 第3部]

「ここは禁断の地と知って入ったのか!」
男の口調は厳しい。「大和より参りました!長様にお会いしたい!」
ミヤ姫が立ち上がり、男たちに向かって叫ぶ。その時、船が大きく揺れた。ミヤ姫は体勢を崩しよろけ、そのまま、湖水へ落ちてしまった。慌てたヤチヨが身を乗り出して手を差し伸べると、船は大きく傾き、ヤチヨも湖水へ落ちてしまった。
「ミヤ姫様!ヤチヨ様!」
ミワが叫ぶ。だが、必死にもがく二人の体は徐々に沈んでいき、見えなくなってしまった。
「ミワ様。逃げましょう!」
船頭が、ミワの肩を掴んで押さえつける。
二人が落ちた事に気を取られていた男達の隙を縫って、ミワを乗せた船は一気に沖合に漕ぎ出した。男たちは追ってこない様子だった。ミヤ姫たちは、すぐに男たちの手によって救い上げられ、船に乗せられた。二人とも気を失っていた。
二人を乗せた船は、静かに浜に近付いていく。
白砂の浜を横切り、河口に入り、上流へ進んでいく。川が大きく湾曲したところに、小さな船着き場があった。
ミヤ姫たちはそこで男たちに担がれて、山の麓にある大きな社の前まで運ばれた。
男たちは全く無言で、社の前でミヤ姫たちを降ろすと、姿を消した。
しばらくすると、社の入り口に別の男たちが現れた。現れた男たちも、顔を布で覆い、頭に独特の紋様のある布を巻いている。顔を覆った布の下から、白い髭が覘いていて、老齢だと判った。
入口からしばらく石段を上ると、大和の都の宮殿に似た大屋根を持つ建物がある。その前まで来ると、再び、男達は、何も言わず、ミヤ姫たちを降ろすと、石段を降りて行った。
社の前に残されたミヤ姫たちは、そこでようやく目を覚ました。
「ここは?」と、初めに口を開いたのはミヤ姫だった。それに気づいて目を覚ましたのはヤチヨだった。
「ミヤ姫様、御無事でしたか?」
「はい。でも、少し寒い。」
ヤチヨは周囲を探る。社の建物が幾つも並んでいる。だが人影はない。
「どうしよう・・・寒さでミヤ姫様に大事がなければ良いのだが・・」
ヤチヨ自身も全身ずぶぬれで、ガタガタと震えている。だが、自分の事よりも姫の事を第一に考えていた。
暫くすると、脇に立つ小さな社から男が一人出てきた。
その男も先ほどの男達と同様の服装をしている。ヤチヨは助けを求めようと口を開こうとするが、その男の眼光は鋭く、助けるどころか命を奪うつもりではないかと思うほどだった。
男はミヤ姫とヤチヨの周囲をゆっくりと歩きながら、品定めをしているようだった。そして、何も言わず、再び、社の中に消えた。同時に、若い男たちが現れ、二人に猿轡をして、荒縄で縛り上げ、再び、担ぎ上げて石段を下りていく。
そして、二人は、郷のはずれの小さな古い住居に入れられた。
荒縄は解かれ、自由に動けるようになったが、出口は固く閉ざされた。土間は、屋根の煙抜きの穴からの差し込む、僅かな光だけとなった。
ミヤ姫もヤチヨも、寒さに震えている。
薄暗い中、ぼんやりと視界に囲炉裏が見えた。ヤチヨが立ち上がり、土間の周囲を探り、薪になるものを集めてきた。そして、囲炉裏に入れると火をつける。僅かだが家の中に温もりが広がった。
「さあ、ミヤ姫様、こちらに。」
ヤチヨはミヤ姫を囲炉裏の傍に座らせた。囲炉裏の火が灯りになり、家の中の様子が判るようになった。所々傷みは在るものの、最近まで浸かっていた様子が判る。部屋の隅には、厨房らしきものもあり、壺には米が入っている。ヤチヨはそれを使って、粥を作った。
「あの男たちの装束は如何なるものなのでしょう?」
ミヤ姫が、粥を啜りながら、独り言のように呟く。
「異様な紋様がありました。気を失ってしっかりとは見ておりませんが、顔を隠す布をつけていたような・・・あれは、神職なのでしょうか?」
と、ヤチヨが答えるように言った。
「おそらく大和の神職とは違うでしょう。もしや、兵なのではないでしょうか?我らが沖合から近づくのを見張っていて、気付かれぬように取り囲んだところを見ると・・かなり訓練されているようにも思いますが・・。」
ミヤ姫は、そう言うと、そっと立ち上がり、戸口に近付く。建付けの悪い戸口には隙間がある。ミヤ姫は隙間から覗き込み、外の様子を探る。
「・・外に、同じ格好をした男たちが座っています。・・おそらく、見張りなのでしょう。弓や剣を持っておりました。やはり、兵なのでしょう。」
外の様子から、ここから抜け出すのは難しいと二人は悟った。
「暫くは様子を見ましょう。水の中から救い出されたのです。すぐに命を奪うつもりはないのでしょう。少し、休みましょう。」
ミヤ姫はそう言うと、土間に筵を広げ、横になる。ヤチヨは、囲炉裏の火が絶えないよう、ありったけの薪を積み、ミヤ姫の横で眠ることにした。
外の男達も、姫たちが入っている家が静かになったのを見て、少しずつ減って行った。

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