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1.12 山越えの道 [アスカケ外伝 第3部]

そのころ、鳰の浜では大騒ぎになっていた。
ミワが浜に戻り、一部始終をナオリに話した。ナオリは禁断の地へ踏み入ったミワに激怒した。
そして、すぐに、蒲生の郷にいるタケル達に知らされた。
「一大事です!ミヤ姫様とヤチヨ様が、高嶋郡の郷に行かれて、戻られぬそうです。」」
ナオリからの知らせを受けた、タダヒコが水路作りの現場にいたタケルの許へ走ってきた。
「どういうことですか?」
石組みの作業の手を止め、タケルはタダヒコから、経緯を聞き、すぐに高嶋郡に向かった。
「浜から向かうのは危険です。郷に入るには、小松浜から、山越えが良いでしょう。」
タダヒコはそう言うと、蒲生の郷から船で琵琶湖を横切り、小松の浜へ向かった。そこには、すでにナオリが大勢の兵を連れて到着していた。
如何に、ミヤ姫とヤチヨが囚われているとしても、この兵とともに、高嶋郡に向かえば、戦となる。だが、ナオリは、娘の失態を取り戻そうと躍起になっていて、戦も辞さない姿勢だった。
「ミヤ姫のわがままから起きた事。このうえ、このような大勢の兵で向かえば大きな戦になり、禍根を残しましょう。どうか、ここは私にお任せいただけませんか?」
タケルは、ナオリが率いてきた兵の前で説得する。
「しかし・・かの地は容易には入れません。これだけの兵を以ても難しいかもしれません。どうされるおつもりですか?」
ナオリが訊く。タケルに妙案があるわけではなかった。
「私は、ヤマト国の皇子です。ホツマ様が皇を敬っておられるなら、何か道はありましょう。とにかく、姫の許へ参ります。」
それを聞き、ナオリは、小松浜に住む男を二人を連れて来た。
「山越えで参られるなら、この者達に案内させましょう。」
二人は、山猟師の双子の兄弟で、名をトシカ、キシカといった。
二人の案内で、タケルとナミヒコは、小松浜から川沿いに山に入る。行く手に滝が見える。
「あれは、楊梅の滝と呼ばれています。前後に幾つも滝はありますが、あれが一番美しい。」
先を行く、トシカが説明する。そこから、崖伝いに登り、細い山道をしばらく行くと尾根に出た。大きな岩に登り、キシカが様子を探る。そこからは尾根伝いに進む。
「ここを越えれば、後は下りです。一休みしましょう。」
尾根道の一角に腰を下ろす。眼下に青い湖が広がっている。小松浜に留まった船が小さく見えた。左手に目を遣ると、湖まで山が迫った辺りの中腹に砦の様な建物が見える。
「あれは?」とタケルが訊くと、弟キシカが「見張台です。」と答えた。
「あそこは、高嶋郡の見張台、南から船が来ていないか、絶えず見張っています。そのすぐ下に、砦があり、船が近づくのを見つけると、男たちが出て行きます。姫様たちもきっとそうした事なのでしょう。」
と、兄トシカが続けた。
「山を越えて郷に入る者はめったにありませんから、見つかることはあります。このまま、山を越えて、鹿ヶ瀬の郷へ出ましょう。大丈夫です。鹿ヶ瀬には、山猟師の仲間が居ります。日が暮れぬうちに着けるでしょう。」
トシカはそう言うと立ち上がり、先へ進んだ。トシカの言う通り、山を下ると、谷あいの集落に入った。
タケルは、集落に入り、驚いた。
集落の家屋は、地面を深く掘り、立てた柱に茅を拭いたものばかりが建ち並んでいるからだった。昔話で聞いたことのある家の作りなのだ。いずれも小さく、屋根が傷んでいるところも多かった。
「さあ、こちらで今日は休みましょう。」
トシカが案内した家には誰も居なかった。
「ここらはもう僅かのものしか住んでおりません。空き家も多く、我らのような山猟師が休むにはちょうど良いのです。」
トシカはそう言うと、家の隅から薪になるような木を出してきて火をつけた。煙が立ち上り、家の中が温かくなる。すると、キシカが、火に鍋をかけ水を張る。暫くすると湯が沸き、トシカは背負ってきた袋の中から干し肉を数枚取り出し鍋に入れる。更に、稗も放り込み、煮込み始めた。
戸口で音がして、毛皮を着た男が入ってきた。手には、すでに捌いた、兎肉を持っている。その男は何も言わず、火の前に座ると、串にさして火床の隅に突き刺した。
「おい、何も言わず、入ってくるやつがあるか!」
キシカが少し強い口調で言う。
「すみません。こいつは元来無口で・・我らはほとんど山の中で暮らしておりますので、挨拶も知らぬ有様なのです。・・おい、何か言えよ。」
キシカは、タケル達にそう詫びながら、入ってきた男を小突く。男はちらりとタケルたちを見て、少し頭を下げた。そして、くぐもった声で言った。
「おれはイチ。・・昨日、郷に行ったら、おなごが捕まっているのを見た。・・あんたらは、それを探しに来たんだろ?」
それを聞いて、キシカは、ぼんやり火を見つめているイチに詰め寄るようにして尋ねた。
「本当か?どこだ?その方は、きっと大和の姫様たちだ。この御方は、大和の皇子タケル様と、難波津から参られたナミヒコ様だ。さあ詳しく話せ!」

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