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1.13 姫の居場所 [アスカケ外伝 第3部]

イチの話から、ミヤ姫たちは無事で、水尾の郷のはずれにある沼地の傍、勝野の集落に囚われている事が判った。そこは、兵たちが寝泊まりする、いわゆる宿舎のような場所で、昼夜交替で見張が立っている事も判った。
鹿ヶ瀬からそこへ向かうには、水尾の郷を抜ける道を通るか、再び山越えをするしかない。山越えするとしても、その途中には花崗岩の岩肌が剥き出しになっている場所を通ることになり、見張台からも近く、発見される可能性が高かった。
「明日、勝野へ、猪と鹿を届ける約束だ。それに隠れて行けば良い。」
イチがぼそりと言う。
翌朝、小屋の前には荷車が置かれ、大きな鹿と猪が積まれていて、大きな筵が掛けてあった。タケルは、その中に隠れる事にした。
「ナミヒコ様、二人の無事を知らせてください。」
「タケル様、きっとご無事で!」
タケルに言われ、ナミヒコは、トシカの案内で再び、小松浜に戻ることになった。
イチとキシカは荷車を引いて、水尾の郷へ向かう道を進む。荷台に隠れているタケルは、隙間から外の様子を探る。鹿ヶ瀬の郷から、しばらくは、山道を下っていく。僅かに田畑らしきものが見え、その先には川が流れていた。鹿ヶ瀬の隣の高台に、井黒と呼ばれる郷があり、その中を進むとようやく平地に出た。その先の山裾に水尾の郷がある。山裾の高台が拓かれ、大きな社が見えた。道は、そのすぐ前を通っている。荷車がちょうど、社の前まで来た時、社の前に立つ兵に止められた。
「何処へ行く?」と、兵は強い口調だった。
「勝野の郷へ鹿と猪を届けに参ります。」
イチが答える。
「そっちは見慣れぬ顔だが・・」と兵がキシカを睨む。
「マタギ仲間のキシカです。鹿が取れず、キシカに分けてもらいました。それで、共に運んでいるのです。」
イチが言うと、兵が筵に手を掛け、少し持ち上げてちらりと中を見る。鹿の足と猪の足を確認すると、
「判った。行け!」と兵が離れて行った。
水尾の郷の中へ入る。人の姿が全く見えない。家も、鹿ヶ瀬の小屋とたいして違わない作りで、やはり、ところどころ、崩れているところがある。大きな社と比べると、余りにも貧しい郷だと感じられた。
山裾の道を進んでいくと、勝野の郷が見えてきた。沼から一段高い場所に郷が作られている。こちらも同じような掘立小屋ばかりが建っている。郷の入り口には、大きな門が作られていて、兵が二人立っていた。
「鹿と猪を運んで参りました。」
イチが言うと、兵は門を開け中に入れてくれた。イチは、郷のはずれにある倉へ向かう。途中で一度荷車を止め、囁くような声で言った。
「あの家です。」と視線を送る。
茅を葺いた屋根の一部が腐っている家があり、細い煙が立ち上っている。家の前には男が二人立っていて、恐らく見張であろうと思われた。
そして、再びゆっくりと進み、倉に着く。高床になった倉の階段には暢気な顔をした男が一人、座って、剣を拭いている。
「鹿肉と猪肉を持ってきました。」
イチが言うと、男は階段に座ったまま、指で招くような恰好をした。荷車には全く視線を送ろうともしなかった。イチとキシカは、筵を持ち上げ、男から見えないように荷車にかけ、タケルをすぐに床下へ隠れさせた。それから、ゆっくりと鹿肉を運び始めた。
タケルは、床下に飛び込み、周囲の様子を探りながら、先ほどの小屋へ向かった。案外、郷の中に兵は少なかった。
ミヤ姫たちが囚われている小屋の裏側へ辿り着き、地面まで届く茅の脆くなっている場所を探して、そこに手を入れる。そして、少し隙間を作って、中を見た。
囲炉裏の傍に、ミヤ姫とヤチヨの姿があった。二人とも比較的元気に見えた。タケルは、足物の石を拾って、隙間から中へ投げ入れる。ころころと転がる音に、ヤチヨが気付いて、タケルのいる方向を見た。そして、ヤチヨは静かに立ち上がると、隙間を覗いた。
「タケル様!」と小さな声で言った。それを聞いて、ミヤ姫も来た。
「今、ここから出すから、少し待っていてくれ。」
タケルはそう言うと、背にしていた弓を取り出し、矢に細工をして強くひき放つ。高く舞い上がった矢が甲高い音を立てて飛んでいく。その音に、郷にいた兵たちが驚き、皆外へ出てきた。矢が放つ音は、山に反射して響き渡り、何処から聞こえてくるのかすぐには判別できない。
タケルは、まったく逆の方向に二本目の矢を放った。山手を見ていた男たちは、逆方向から響く音に慌て始め、小屋に戻ると、剣や弓を持って集まってきた。小屋の見張りをしていた男も驚き、その場を離れた。
それを見計らって、タケルは小屋の戸口の方へ回り、戸板を蹴破り、中へ入った。
「タケル様!」
ミヤ姫が駆け寄る。
「無事でよかった。」
タケルがミヤ姫を抱き締め、ヤチヨの方を見て、強く頷いた。ヤチヨも涙を流している。
「さあ、ここを出ましょう。」
タケルがそう言って、戸口を出ようとすると、大勢の男達が剣を構えて、小屋の前に待っていた。矢の音に翻弄された男達が異変を察して戻ってきたのだった。

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