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1.14 勝野の郷 [アスカケ外伝 第3部]

「何者だ!」
華美な甲冑に身を包んだ兵長と思われる大男が、叫ぶように言った。
すでに、狭い戸口の前に大勢の男達が剣を構えている。
タケルひとりであれば、この男たちを蹴散らす事は容易いように思えたが、ミヤ姫とヤチヨが居る。彼女たち二人を守りながらというのはやはり危ういとタケルは考えた。しかし、このままではここを出る事は出来ない。
「タケル様。」
背後でミヤ姫が呼ぶ。ちらりと見ると、ミヤ姫は手鏡を握り締めている。そして、目を閉じ念を込める。白い光が漏れ始め、それに呼応して、タケルの腰の剣が光り始めた。
タケルはそのままゆっくりと戸口の外へ出た。居並ぶ兵たちは、剣をタケルに突き出し、威嚇する。ブルっと体を震わせると、見る見るうちに、獣人に変身した。身の丈も倍くらいに大きくなり、剣を抜くと、青白い光を放っている。
「バ・・化け物!」
剣を突き出していた兵たちが、思わず腰を抜かす。中には恐れおののき逃げ出す者もいる。
タケルが、一歩前に出ると、兵たちは、大きく飛びのき、遠巻きにして様子を見ている。
獣人タケルが大きく剣を振りかざし、地面に突き立てた。すると、周囲に地響きが起き、立っていられなくなって兵は座りこんでしまった。
地面に突き立てた剣を抜き、大きく振り払うと、突風が巻き起こり、兵たちは吹き飛ばされた。周囲の家もなぎ倒された。甲冑に身を包んだ兵長も、辺りを転がっていく。
兵隊にはもはや戦意は無くなっている。それどころか、周囲の兵はことごとく気を失ってしまっていた。それを確認すると、タケルは元の姿に戻った。
「さあ、参りましょう。」
タケルは何事も無かったかのように、勝野の郷を出て行く。集落のはずれの倉庫から、その様子を見ていたキシカとイチは慌てて荷車を押して、タケルたちの後を追った。
勝野の郷を出ると、見張台から狼煙が上がっているのが見えた。
「おそらく、水尾の郷に何かを知らせるためでしょう。」
タケルたちの後をついてきていたキシカが言う。
タケルたちは湖を見た。沖合に船が多数見える。暫くすると、それが、ナミヒコやナオリが乗った船だと判った。浜へまっすぐに向っている。ふと見ると、左手の河口から船が出て行くのが見えた。おそらく、先ほどの狼煙を合図に、水尾の兵が繰り出してきたのだろう。
「このままでは、湖上で戦いが始まってしまう。止めねば!」
タケルはそう言うと、一目散に浜に走り出した。ナミヒコたちの船がいよいよ売浜に近付いた時、河口から出てきた船が追いつき、矢を放ってきた。
幸い、ナミヒコたちの船には届かなかった。だが、それも時間の問題。互いの船がどんどん近づいていく。
遅れて、ミヤ姫たちが浜に着いた。
「ミヤ姫、今一度、あの力を!」とタケルが叫ぶ。ミヤ姫もすぐに鏡を取り出し念じる。光が広がり、タケルの剣を光らせる。
再び、タケルの体が獣人に変わっていく。タケルは弓を取り出し、矢を二本番えて、強く引き放つ。二つの矢は絡まるようにして、ブーンという、風を切り裂くような音を放って、鋭い速さで飛び、先頭の船で矢を構える兵の弓を打ち抜き、大きく爆ぜた。
そして、タケルはさらに同じように矢を二本番えて放つ。今度は、敵の船の胴体辺りを直撃し、大穴を開けた。慌てた兵たちが、次々に湖へ飛び込んでいく。
慌てている兵たちの様子を見て、タケルは、身を縮め、浜から大きく跳ねる。そして、兵の乗る船へ飛び移った。
兵たちは、獣人タケルの姿を見て、恐れおののき、次々に湖へ飛び込んでいく。反転して逃げようとする船に、タケルはさらに飛び移る。
あっという間に、兵隊は皆、湖の中で辛うじて浮かんでいる。それを確認すると、タケルは元の姿に戻った。
「さあ、皆さん、兵たちを救いあげてください。」
ナミヒコがタケルの言葉を聞き、船を動かし、兵たちに手を差し伸べる。そして、船を浜へ着けると兵たちは、ナオリ達の手で縛り上げられた。
「怪我人はありませんね。」
タケルは、皆の無事を確認すると、急に倒れてしまった。
「タケル様!」
ミヤ姫が慌てて駆け寄る。
「どこか休めるところを!」
二度続けて獣人に変身した事でタケルの身に大きな負担が生じていた。タケルはすぐに、イチたちが持ってきていた荷車に乗せられて、勝野の郷へ運ばれた。気を失っていた、勝野の兵たちは、獣人タケルの姿に、すっかり戦意を喪失していて、ナミヒコたちが郷に入っても抵抗せず、すんなりと受け入れた。
タケルの体は、奥の倉に運ばれ横にされた。そして、ミヤ姫が傍に座り、タケルの手を取り、鏡を胸に当て念じる。淡い黄色い光が二人を包む。すっかり血の気がなくなって真っ白になっているタケルの体に、徐々に赤みが差してきた。そして、呼吸もしっかりするようになった。
「もう大丈夫です。しばらくすれば目を覚まされます。」
ミヤ姫はそう言うと、そのまま、タケルの胸に顔を埋めて眠った。ミヤ姫にとっても、その力を使う事は体に大きな負担がかかっていた。

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