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1.15 終焉の郷 [アスカケ外伝 第3部]

二人が眠っている間に、ナオリとナミヒコは、水尾の郷にいるホツマへの対応を相談していた。すでに、勝野の郷の兵との戦いは、ホツマへ知らされているに違いない。いきり立つホツマが大軍を率いて勝野へ現れるに違いないと考えていた。
「おい、ホツマ様は大軍を率いてここへ来ると思うか?」
ナオリは、縛り上げられ座らされている兵長に向かって強い口調で尋ねる。兵長は押し黙ったまま俯いている。隣にいる気の弱そうな兵にも同じように訊く。その兵は今にも泣きだしそうだった。タケルの獣人の姿を間近に見て、まだ震えが止まらない様子で、頼りになる話は聞けそうに無かった。
「どうしましょう?」
と、ナミヒコがナオリに訊く。これといった答えは出ない。
見かねて、イチが口を挟んだ。
「この郷には恐れるほどの兵は居ない。」
「どういうことだ?」とナミヒコ。
「俺はマタギであちこちの山を渡り歩いている。今は、鹿ヶ瀬から比良の山辺りを歩いているが、少し前は、この郷から水尾、さらに北まで歩いていたが、どこの山も荒れている。人が入らぬからだ。」
イチが続ける。
「おそらく、高嶋郡にはそれ程多くの者は住んでおらぬ。まあ、せいぜい二百というところだろう。鹿ヶ瀬当たりには僅かしかおらぬし、みな年寄りばかりだ。兵になる若い者は居らぬ。大半は、ここにいる者達だろう。」
イチはそこまで言って、兵長を睨む。兵長は、渋い顔をして押し黙っていたが、おそらくイチの言う通りなのだろうと判った。
「そう言えば、子どもや女子の姿を見た事が見なかったな。何度か、この郷近くに来たことはあったが、山中から郷を見下ろした時、若いおなごや子の姿はみておらぬ。」
そう言ったのはキシカだった。
「いったい、この郷はどうなっているのだ?」
驚き、ナオリは兵長に詰め寄る。ついに、兵長が口を開く。
「その者達の言う通りだ。もう、この郷は終わっているのだ。」
それを聞いて、他の兵たちが涙を溢し始め、中には呻くような声さえ出す者もいた。
その時、タケルが身を起こした。続いて、ミヤ姫も起き上がった。
「タケル様、もう宜しいのですか?」
そう言ってヤチヨが近づき、用意していた薬をミヤ姫に渡す。タケルとミヤ姫は交互にヤチヨの用意した薬を飲んだ。
「心配かけました。もう大丈夫です。皆、無事ですか?」
タケルが皆を見渡し、落ち着いた様子なのを確認して座り直した。
「話を少し聞いていました。」
タケルは、縛り上げられた兵たちに向き合い、じっと目を見て言った。
「郷が終わっているとはどういうことか、詳しく教えて下さい。さあ、皆さんの縄を解いて上げてください。」
タケルが優しい声で兵長に訊ねる。
兵長は縄を解かれるとタケルの前に跪いて話し始める。
「私は、モリと申します。ここ、高嶋郡は、皇の郷と言われてきたため、近衛兵長という肩書となっておりますが、ただの衛士に過ぎません。これまでの無礼をお許しください。」
モリは、驚くほど礼儀正しかった。
「郷が終わっているとはどういう事でしょう。」と、タケルが改めて訊く。
「高嶋郡にはかつては大きな郷が幾つもあり、住む者もゆうに千人は超えておったと聞きました。越の国や若狭とも盛んに交易をしており、もちろん、鳰の浜や大浦、菅浦などとも行き来しておりました。しかし、ホツマ様が来られてからは一変しました。」
「ホツマ様が来られたとは?ホツマ様はこちらの方ではないのですか?」
驚いたナオリが訊く。
「正しく言えば、今のホツマ様という事です。遥か昔、確かにここはオホド王がお生まれになり、すぐに、越の国主となられ、さらに大和の皇にまでなられました。いわば、大和が生まれた地、それを伝え続けるために、水尾の郷の社を守る者、ホツマ様が居られるようになりました。そして、二十年ごとに社を建て替え、ホツマ様も代わられるのが掟となっております。」
「ということは、ホツマ様というのは人の名ではないという事ですか?」
と、タケルが訊く。
「人の名ではありますが・・・誰かと問われれば、私も存じ上げません。素顔も知らぬのです。」
モリの話を聞き、皆が沈黙した。いにしえからの言い伝えを頑なに守るため、作られた郷の掟なのだろう。そしてそれを守ってきた民。その象徴として存在するホツマという人物。穢れのない郷である。自らの中にも、そうした思いが少なからずある事を、皆、感じていた。
「ですが・・郷が終わっているというのは・・」と改めてタケルが訊く。
「ホツマ様は郷の暮らしについても厳しく定められました。作物は全て、社に納め、皆で分け合う事。衣服や住居、仕事、そして一日の暮らし方までが掟として定められ、それを犯す事は死に値すると・・。そのために、若い者、元気な者は、山を越え、郷から逃げ出していきました。逃げ出せぬ年老いた者だけが残っている次第なのです。」
「モリ様やここにいる兵たちは?」とミヤ姫が訊く。
「私は、母が動けぬ身ゆえ、捨て置く事もできずここに残ると決めました。兵の多くはそういう者なのです。」
モリはそう言うと、兵たちを見る。皆、俯いてしまっていた。
「中には、誤って、この地に足を踏み入れ、囚われた者もおります。姫様たちを捕らえたのも、侵入するものは捕らえ、郷に仕える者とせよとのホツマ様の御命令なのです。申しわけありませんでした。」

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