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1.16 ホツマ [アスカケ外伝 第3部]

「よく判りました。・・明日、朝、社へ参りましょう。ホツマ様にお会いしなければなりません。この郷をいにしえの掟から解放せねばなりません。そして、それは大和の皇子である私の為すべきことです。」
翌朝、タケルたちは、勝野の郷に居た兵たちすべてを連れて、水尾の社へ向かった。社を守る兵は殆んど居なかった。
モリの案内で社の境内へ入ると、何か異様なものを感じた。
「タケル様・・ここは・・。」
と、ミヤ姫は言って、胸元から鏡を取り出した。赤い光がぼんやりと浮かんでいる。
「私も何か妖気のようなものを感じる。」
タケルは剣の柄に手を当てる。剣からも同じように赤い光がぼんやりと浮かんでいた。
門をくぐり、参道を入る。鬱蒼と茂る森の向こうに社が見えた。ふと、空を見上げると、徐々に黒い雲が集まってきていた。
石段を上ると、社があった。
社殿の廊下には、数人の男が立ち並んでいた。皆、顔に布をかけ素顔を見せていない。
その中央には、頭の先からつま先までを覆う不思議な紋様があしらわれた衣服を纏い、頭には鹿の頭骨を被り、顔は木で彫られた仮面をつけた男が立っている。それがホツマであることは容易に判った。
「モリよ、これはどうした事か!」
声を発したのは、居並ぶ男の一番端に立っていた男のようだった。ただ、その声は、人のものとは思えぬ甲高いものだった。
モリは傅いて、顔を伏せ、その男に返答する。
「大和から皇子タケル様が参られました。」
モリの言葉に、声を発した男が厳しい口調で訊いた。
「大和の皇子であるという証拠は!」
タケルは一歩前に進み出て、腰に携えた剣を外し、両手で持ち上げながら差し出すと、堂々たる声で答えた。
「これは皇アスカ様から戴いた剣。これをご覧いただきたい。」
剣の鞘には細かい刺繍細工と幾つかの宝玉が埋め込まれ、中央部分には皇家の紋様が施されていた。そして、その紋様は、ホツマと思しき人物が身につけている衣服の中央にも同じものがあった。いにしえから神器とともに伝えられてきた紋様である。ただ、剣からは赤い光がぼんやりと漏れている。
訊いた男は、剣に近付くことなく、顔をそむける。
中央にいた男が一歩前に出る。
「おお・・それは確かに皇家に伝わる紋章・・」
ホツマらしき人物は、そう声を発すると、その場に傅いた。居並ぶ男たちも慌てて傅く。
「長きにわたりこの郷を守り、ついに、我が代で皇子様をお迎え出来ようとは・・至福の限りでございます。さあ、こちらへお入りください。」
社の扉が開かれ、タケルとミヤ姫、ヤチヨ、ナミヒコが通された。
社の中は薄暗く、空気が淀んでいる。
広い板敷きの間の一番奥には、大きな祭壇があった。上座にタケルとミヤ姫が座り、対面する形でホツマが座った。
ホツマは、頭の被り物を取り、仮面を外した。白髪と白い髭、顔に刻まれた皺から、相当の高齢であることが判る。
ホツマは恭しく頭を下げてから話を始めた。
「私はホツマと申します。この地は、大和の大君オホド王の御生誕の地なれば、大和の礎。オホド王の偉業を讃え、今に伝えるため、この地を守って参りました。この地に皇家から皇子を迎えることができ・・」
そこまで話した時、タケルが制止して訊いた。
「オホド大王は、そのために、この地を閉ざすよう命じられたのですか?」
ホツマは驚いて顔を上げる。そして答えた。
「閉ざすとは心外なこと。高貴な、この地を穢されぬようにしておるだけでございます。」
「他の郷は穢れて居るのですか?」
「オホドの大君の偉業を讃えることなく、争いを繰り返しておるではありませんか?これこそが穢れ。この地には争いがございません。すべては、オホドの大君の思し召し。」
「ホツマ様は、ほかの地を見られたことはございますか?」
「いえ、私は社を守ることが掟ゆえ、見知らぬ事でございます。」
「では、高嶋の郷の様子は?」
「皆より聞き及んでおります。」
「では、民は郷の暮らしをどう思っておるかも判っておられますか?」
「民は、社に尽くすのが掟。郷の民は、それを望んでおり、日々励んでおります。これほど名誉なことはありません。」
タケルは大きく溜息をついた。
信念というべきか、執着というべきか、このような者に何を話せば良いのかと悩んだ。
「皇子タケル様、オホド大君の御霊代(みたましろ)に御挨拶いただきたく存じます。」
ホツマが立ち上がり、奥の祭壇に向かう。タケルが祭壇に身を向けると、ゆっくりと祭壇の扉が開かれる。
薄明かりの中、桐の箱の上に置かれた握りこぶしほどの石が見える。

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