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1.17 翡翠 [アスカケ外伝 第3部]

「オホドの大君の御霊代、翡翠石でございます。」
タケルが立ち上がり、祭壇に近づくと、腰の剣が小刻みに震え、ぼんやりと光り出した。それに呼応するように、目の前の翡翠石が淡い緑色の光を発し始めた。
「これは・・オホドの大君が喜んでおられるようじゃ!」
ホツマが歓喜の声を上げる。
しかし、タケルには、その石がタケルを恐れているように感じられた。更に一歩近づくと、翡翠石の光が強くなる。剣から漏れる光も一層強くなる。後ろにいたミヤ姫の鏡からも光が漏れ始める。
「この御霊石はいつからここに置かれているのですか?」
タケルがホツマに訊く。
「オホドの大君が崩御された時、大和から届いたものにございます。大君の御傍に長く置かれていて、寵愛されていたともお聞きいたしました。翡翠は越の国の山々が生み出す宝ゆえ、オホドの大君の御霊代として御祀りした次第です。」
タケルは剣を抜いた。剣から発する光はさらに強くなっていく。
タケルが石に剣を翳すと、光が赤く色を変え、石から発する光と交わった瞬間、タケルの目の前に物の怪が見えた。
それは、大きな真赤な口を開き、人を喰らう魔物のようだった。魔物の体には、皇家の紋章と似た紋様がある。
「タケル様、何をなされる!」
タケルが剣を翡翠石に向けたのを見て、ホツマが立ち上がる。
「この石は、御霊代などではない!怪しき物の怪の類です。」
「何を・・何を言うか!・・・」
ホツマが、聞いた事の無いほど荒々しい声を上げ、床に跪いた。
「ううう・・・・」
今度は、地の底から響くような唸り声になり、ゆっくりと立ち上がる。
目から鈍く赤い光を発し、口が大きく裂け、物の怪に変わっている。
「こやつを止めよ!」
物の怪になったホツマが叫ぶ。
すると、何処からか、顔を特有の紋様の入った布で覆った男たちが現れ、タケルを取り囲み、ぐるぐると回る。そのうちに、翡翠石から黒い糸のようなものがニョロニョロと伸びてきて、タケルを囲む男達に絡み、徐々に大きくなる。振り返ると、ミヤ姫やヤチヨ達も、怪しげな男たちに囲まれていて、やはり黒い糸のようなものが包もうとしている。
「タケル様!」
ナミヒコが叫ぶ。
ナミヒコの口から白い光が吸い出され、黒い糸に吸い取られている。精気が吸い取られているのだった。
「ええい!」
タケルが、ナミヒコに取り付く糸を剣で払う。ナミヒコはその場に倒れる。
ミヤ姫は、ヤチヨを抱きかかえ、鏡を握り締めている。鏡から発する光が、ミヤ姫とヤチヨの周りに広がり、黒い糸が迫るのを食い止めている。
「タケル様!!」
ミヤ姫が声の限りに叫ぶ。
すると、タケルの剣から激しい光が発し、社の三方の戸板を吹き飛ばした。
外に控えていた、モリや兵たち、イチ達は何事かと社の中の様子を見た。
タケルが剣を構え、黒い塊と闘っている。
光がタケルの体を覆う。タケルはぶるっと体を震わせると、手足と背中がもこもこと膨らみ、濃い毛が伸び始め、見る見るうちに、獣人へと変化した。
黒い糸の様なものが、さらに広がり、社の外にいた兵達を襲おうとし始める。糸に触れた兵はその場に倒れると、ゆっくり立ち上がり、剣を持ち、タケルたちに向かってくる。目が赤く光っている。
気が付いたばかりのナミヒコは驚き、腰の剣を抜く。
「いけません。」
ミヤ姫が叫ぶ。
「物の怪に憑依されているだけです。殺めてはなりません。」
ミヤ姫の言葉に、ナミヒコは仕方なく、襲ってくる兵を剣で払うしかない。次々に、兵たちが物の怪に憑依され、ついに、周囲に居た者は、皆、物の怪の手下となってしまった。
「タケル様!」
ミヤ姫も鏡を強く握り念を込める。ミヤ姫の鏡の光がタケルの背を押す。
「グルルル―。」
タケルは、剣を大きく振りかぶり、黒い糸を切り裂く。糸は霧となり消えていく。幾度も幾度も、タケルは剣を振り下ろし、糸を切り裂く。徐々に、糸が小さくなると、憑依されていた者がその場にバタバタと倒れ始めた。
タケルは、ホツマと対峙している。
「おのれ!化け物め!」
ホツマは、完全に物の怪に憑依されてしまっている。
両手を大きく伸ばすと、指の先から黒い糸が勢いよく飛び出し、タケルに迫る。口からも黒い糸を吐く。
タケルは、ホツマの後ろに置かれた翡翠石から黒い糸が出て、ホツマの背中を貫いているのを見つけた。
「やはり、あの石を砕かねば収まらぬようだ。」
タケルは剣を高く翳す。黒雲が集まり、ゴロゴロと雷雲となる。一度二度、光が走る。次の瞬間、高く掲げた剣の上に、稲妻が落ちた。
ドーンという轟音とともに、社は吹き飛び、祭壇も跡かたなく飛び散る。それでも、台の上に置かれた翡翠石がそのまま残っていた。

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