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1.18 解放 [アスカケ外伝 第3部]

タケルは高く飛び上がると、剣を構えて、翡翠石を叩く。
ゴーンという音とともに、翡翠石が砕け散る。
その瞬間、タケルの目の前に、都の風景が広がった。

大きな宮殿の広間、玉座が置かれている。おそらく、王の間なのだろう。
だが、玉座に王の姿はない。王は、玉座の前に横たわっている。辺りは血の海。周囲には何人もの男が同じように血を流し倒れている。
「これはオホド王の最期か。」
走り去る男達の姿がある。権力を手にしながら、反対勢力による暗殺があったのだとすぐに判った。
血の海から、男が一人立ち上がる。深手を追ってはいるものの何とか一命は取り留めたようだった。その男は横たわる王の屍に近付き、短剣を取り出し、王の眼をくり抜いた。そして、懐から翡翠石を取り出し、石の穴の中へその目を押し込んだ。そして、よろよろと玉座の後ろに身を潜めた。

「これが怨念を集めたという事か?」
はっと我に返ったタケルの目の前に、小さな粒になった翡翠石が飛び散る。周囲にいたヤチヨ達やホツマ達は、その波動で建物の外へ吹き飛ばされた。
辺りが静まると、社の中には、タケルとミヤ姫だけになっていた。板敷の間には砕け散った翡翠の粒が散らばっている。
よく見ると、棚の真ん中には、蠢くような黒い塊があった。
ようやく気付いた者達が少しずつ社の中を覗き見る。ホツマも起き上がる。
タケルはまだ剣を構えている。
剣はぼんやりと赤い光をまとっていた。
「物の怪の正体。御霊代の翡翠の石の中に詰まっていたものです。」
ふらふらとホツマが、社に上がってきて、黒い塊に近寄ろうとする。
タケルが手を翳す。
「まだ妖力を持っております。近寄ると再び憑依されます。」
見る見るうちに、黒い塊は少しずつ形を変え、塊から細い糸のようなものが伸び始め、祭壇の中に広がっていく。
「翡翠石という殻を失い、新たな殻を求めているに違いない。」
タケルは、黒い塊の様子を見ながら、皆に言う。
「この郷の者は、このような物の怪をオホド王と信じ守ってきたのです。そのために、掟で縛られ、苦しい暮らしをしていたのです。これは、オホド王ではない。おそらく、オホド王が都に居られた頃、都に蠢く悪しき者たちが生み出した物の怪でしょう。愚かなことです。」
黒い塊は再び広がりはじめる。
タケルは、黒い塊の芯にこそ、物の怪の本体があると考え、その時をうかがっている。
剣の赤い光が徐々に強くなってきた。細い糸のようなものが剣の光に触れると霧のようになって消えていく。
「ここか!」
タケルは、黒い塊の中心に目のようなものを見つけ、剣先を素早く走らせ貫いた。社を包み込むほどに広がった黒い糸全てに光が走り、霧になって消えていく。空を舞っていた男たちは、黒い霧となってきえ去った。
剣の先には、小さな干からびた肉片が突き刺さっていた。
いったい何が起きていたのか、周囲に居た者は物の怪に憑依されてしまっていて判らずにいた。
タケルは、皆に、剣の先に突き刺さっている肉片を見せて、
「おそらく、これはオホド王の亡骸の欠片。オホド王に仕えていた者が、王の御霊を留めるため、邪気を払う力がある翡翠石の中に埋め込んだに違いありません。だが、それが物の怪を集める事になった。懇ろに供養してください。」
そう言って、肉片を渡した。
ホツマは両手でそれを受け取ると、その場に座り込んでしまった。
肉片に触れた時、オホド王の御霊に触れたような感覚が走り、これまで自分が守ってきた事の罪の重さを強く感じたのだった。
「すぐに、郷を、いにしえの悪しき掟から解放してください。」
タケルが言うと、ホツマが涙を流し、悔い改めた表情で頷いた。
「そして、これからは、鳰の浜や蒲生の郷とも親交を進め、高嶋郡を再び、活気あふれる良きところに導いてください。」
そう言って、懐から小さな袋を取り出した。
摂政カケルから渡された袋には、黒水晶の玉が入っていた。
「これは、ヤマト国の皇アスカ様が念を込められた玉です。民の安寧を祈願され、悪しき者を退散する力を持っております。これからは、これを祭壇に置き、安寧な暮らしができる郷づくりに励んでいただきたい。」
しかし、ホツマは手を伸ばさない。
「それはもはや私の為すべきことではありません。これからは、もっと若き者達が思うようにすべきでしょう。おお、そうだ、モリ、モリは居るか?」
ホツマがモリを呼ぶ。
社の下に控えていたモリが驚いて社に入ってくる。
「モリよ。そなたは、母を守るため郷に残る優しき者だ。そなたの様な者がこの郷を率いていくべきだ。頼む。これより先、高嶋郡の長として働いてはくれまいか?」
力なく座り込むホツマが涙を流しながら、モリの手を取る。
タケルもモリの顔を見る。社の外にいる兵たちもモリに注目している。
モリは、周囲をぐるりと見渡し、一つ深呼吸をして答える。
「命を賭けて、皆が安寧に暮らせる郷を作りましょう。ホツマ様、皆様も御力をお貸しください。」

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