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1.10 禁断の地 [アスカケ外伝 第3部]

工事が始まると、ミヤ姫、ヤチヨは、タケルたちとは別行動を取っていた。
鳰の浜の夜、淡海の産物の話を聞いて、ミヤ姫も興味を持ち、ミワに頼んで、船を手配してもらい、淡海の湖の各所を回ることにした。
瀬多の川では、初めてきた夜に味わった、シジミ取りの様子を見て回り、漁師に倣って、シジミ取りもやってみた。それから、西岸を北へ向かい、和邇浜では、エビ漁を見た。葦を使って編んだ大きな籠を水中に沈め、エビが集まる所を見計らって引き上げる。ぴちぴちと跳ねるエビに歓喜した。
「これより北は止めておきましょう。」とミワが言う。
「どうして?もっと、淡海の食材を知り、大和や難波津に広めましょう。」
ヤチヨが言うと、ミワが答えた。
「この先は、禁断の地なのです。」
「禁断の地?」とミヤ姫が訊く。
「祖父から伝え聞いた話です。かの地は、大和の礎となった郷。むやみに足を踏み入れてはならぬといわれております。」
と、ミワが前置きして話し始めた。

かの地とは、現在の湖西地域にあたり、高島郡(たかしまこおり)と呼ばれる場所である。南側のはずれは、湖畔まで山がせり出していて、主要な陸路はなく、北側も深い山が並んでいて、隣国の若狭へ行くにも、峠を幾つも越えなければ辿り着けないほど、隔離された”陸の孤島”であった。 平地は僅かにあるが、大半は葦の原と沼地が広がっていた。 まだ、ヤマト国ができる遥か昔、日本海を制し、大きな勢力を誇った越の国が、淡海の水運に目をつけ、西海への足掛かりとして、淡海を制するために、一族を送り、山裾を切り拓き、作り上げた郷となったのだった。

「遥か古代の特別な紋様を使っているとも聞きました。・・そんな所ですから、むやみに足を踏み入れてはいけない、禁断の地であると教えられています。」
ミワの言葉を、ミヤ姫もヤチヨも神妙な顔をして聞いている。
禁断の地は、大和にも在った。
子どもの頃、春日の杜の、更に奥、命あるものが踏み入れてはならぬ場所があると教えられてきた。それは、亡くなった者達を弔う場所であり、黄泉の国への入り口であると信じられていた。
「高嶋郡の中心は、水尾の郷。その長は、ホツマ様と申されます。異形な服装に身を包み、素顔を見せぬ恐ろしき人だと聞いております。」
ミヤ姫もヤチヨも、タケルと共に行動したことで、様々な人と出会ってきた。鬼のような形相をした者、異国の者、中には病に侵され肉が溶けているような形相をした者、たいていの者に怖気づくようなことはない。
「何より、かの地は、皇の郷と言われているのです。」
ミワの言葉は唐突だった。今の皇はアスカであり、皇族、葛城王の娘である。そして、紛れもなく大和・葛城山の麓が、皇の郷のはずだった。
「今の皇様の数代前の皇様の郷だと伝承されているのです。」
そんな話しは聞いた事もなかった。ただ、大和争乱の引き金になったのは、皇位継承であり、大和の豪族の中には、血縁の者を皇としようと暗躍したことは確かである。だが、それよりはるか昔のこととなると、確かなことなど何一つ判らないに違いなかった。
「ホツマ様は、今でも、皇の郷である事を誇りとされ、淡海の国の郷とは親交を結ぼうとされません。」
ミヤ姫もヤチヨも、ホツマという人物を何故か哀れに感じ、その郷の民の暮らしが心配でならなかった。
「ミワ様、参りましょう。かの地がどんなところか気になるのです。」
ミヤ姫は、諦めきれず、ミワに懇願する。
それを聞いたヤチヨは、驚き反対した。
「ミヤ姫様の身に何かあれば、タケル様に申し訳が立ちません。・・いえ、皇様が悲しまれます。ここは、お慎み下さい。」
しかし、諦めきれないミヤ姫が反論する。
「私は、尾張からずっとタケル様とともに参りました。タケル様は、諸国の皆さまと絆を結ぶことにずっと腐心されてきました。此度、私も御力になりたいのです。・・禁断の地とされている郷とも縁を結ぶ事ができれば、きっとタケル様の助けとなりましょう。」
「しかし・・ミヤ姫様が、その様な危ない場所に行かれるのをタケル様もきっとお止めになるはずです。」
ヤチヨも譲らない。
「大丈夫です。危うくなればきっとタケル様がお救い下さいます。」
ミヤ姫はそう言うと、そっと手鏡を取り出した。
ミワは、ミヤ姫の思いに負け、仕方なく承知した。
ミワは船頭に命じて、小松の浜から船を出し、一旦沖合に向かい、大きく回り込んで、浜が見える所まで来た。
「あの浜の向こうを流れる川を上ると、水尾と呼ばれる郷があります。そこに、高嶋郡の主が住んでいると聞いています。」
徐々に浜に近づいて行く。皆が浜の方に気を取られている中、突然、周囲を多くの舟に囲まれてしまった。
「何者か!」
小舟から、厳しい声がする。
乗っている男達は、ヤマトや山城の民とは全く装いの違う衣服を身に纏っていて、長く伸ばした頭髪を旋毛辺りで結い上げ、特別な文様が入った布を巻いていた。そして、顔には目だけを出した格好で、白い布を掛けている。
船頭は必至に沖合に逃げようと船を操るが、数が多すぎる。どちらに逃げても囲まれてしまい、身動きできなくなった。

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