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1.5 叡山の麓 [アスカケ外伝 第3部]

「水不足になどなりません。水田が広がれば、坂田郡の支配から離れようと考える郷がきっと増えるはずです。それゆえ、坂田郡の主イカルノミコト様は反対されておるのです。それに・・、開削を勧めようとされるタダヒコ様を敵のごとく思われ、策略を巡らし、常に、小さな諍いが絶えぬのです。」
ミワが何か強い憤りを抑えて言う。
さざ波の淡海の湖にも、それゆえに生まれる争いがある事を知り、タケルは哀しく思っていた。
「まあ、その話は、ゆっくりと・・此度、皇子が来られると聞き、淡海の産物を集めました。存分にお楽しみいただきたい。」
ナオリはそう言うと、侍女を呼び、料理を運ばせた。
目を輝かせたのは、ヤチヨだった。ヤチヨは、難波津でも西国や南国から届く産物に興味を持ち、一度都に戻ってからも、その熱意は変わらず、再び、難波津へ行ったのだった。
「まあ、良い香り!」
運ばれてくる大皿や碗の中を覗き込み、目を輝かせている。
「これは・・シジミのようですが・・随分と小さいですね。」
ヤチヨが言うと、ミワが笑顔で答える。
「それは、良いお出汁が摂れるのです。お召し上がりください。」
ヤチヨは誰よりも先に口をつける。
「本当!これほど深い味なのですね・・。これは?」
ヤチヨは目の前の食材を一つ一つ吟味するように、箸で摘まみ、じっと見てから、香を嗅ぎ、口に入れていく。
ミヤ姫も、タケルも、すっかり呆れて見ている。ナミヒコは、ただ笑顔で見守っている。
それからしばらく、ヤチヨとミワが、淡海の食材の談義をはじめてしまい、ほかの皆はただ黙って聞くことになった。

宴が終わり、部屋に戻ったタケルは、ミヤ姫やヤチヨ、ナミヒコとこれからの相談をした。
「一刻も早く、越の国から若狭、丹波を見て伯耆へ向かうべきだと思うのですが・・」と、タケルが重い口調で切り出す。
ミヤ姫たちはタケルが何を考えているのかはおおかた予想がついた。
「淡海の国の難儀を知り、そのままにはしておけぬとお考えですね。」
と、ナミヒコが答える。
「そうなのです。しかし、そう容易く片付く問題ではないでしょう。」
と、タケルが言うと、ナミヒコが答える。
「タケル様はもうお気づきの事と思いますが・・難波津を出てから、我らとともに参っている者達が居ります。」
「やはりそうでしたか。」
タケルが答える。
「はい。皇様の勅命にて、衛士隊を連れて参りました。」
「皇様の勅命ですか?」
と、ミヤ姫が訊き返す。
「はい。この先は、戦の地であるかもしれず、ヤマトを継ぐ者が巻き込まれ命を落とすようなことがあってはならぬ、ましてや、姫を連れていることが懸念されると申されておられました。しかし、その事をきっとタケル様は快くは思われぬかもしれぬ故、気付かれぬようにとも申されましたが・・。」
母としての気遣いに、ミヤ姫は涙が零れた。
「しかし、タケル様に気付かれぬわけはないと思っておりました。」
ナミヒコは、ばつの悪そうな顔で言う。
「私も初めは気付きませんでした。天ケ瀬で初めて我らを追ってくる者があると気付きましたが、何者かまでは判りませんでした。」
タケルが答えた。
「実のところ、守り役ではありますが、私の独断で、淡海や越、若狭、丹波などの生まれの衛士を集めております。」
「この先の事情には詳しいということですか?」
「はい。タケル様は、東国に行かれた際にも、目の前の難儀を見過ごされずに尽力されたと聞きました。此度も、淡海や越で難儀を見れば、きっと足止めされ尽力なさるのではないかと。それで、タケル様の眼や足の代わりに動ける者が必要になるだろうと考えておりました。その者達を先に行かせて、様子を探らせては如何でしょうか。」
ナミヒコの提案に、ミヤ姫やヤチヨは同意した。
「いずれ、冬が参ります。これより北は雪深い地です。冬となれば向かう事もままなりません。これから、越や若狭を回るとしても、いずれかの地で足止めされるはずです。それならば、禍根を残さぬよう、この地の難儀を解決された方がよろしいでしょう。」
ナミヒコは、常に先を考えている。
「しかし、此度の事は長年の問題のようです。水害を防ぐ手立ては、勢多の開削こそ有効だと思いますが、山城や難波津の水害に繋がりかねません。そして、干上がる地が出るのも至極当然のことでしょう。両方を立てる手立てが今は判りません。」
タケルが言う。ナミヒコも、それには応えられないでいた。
「タダヒコ様やイカルノミコト様にお会いになれば、何か策が見いだせるかもしれません。・・いえ・・それよりも、お二人が知恵を出し合えば、道が開けるのではないでしょうか?」
ミヤ姫が言った。
「そうですね。まずは、お二人に話を聞きましょう。」
タケルの言葉に、皆が同意した。


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