SSブログ

1.7 水郷 [アスカケ外伝 第3部]

「坂田郡(さかたごおり)のイカルノミコト様は、開削に反対されているようですが・・。」
タケルが訊くと、タダヒコが眉を顰め、少し重い口ぶりで答えた。
「そう伺っておりますが・・・私には真意が判りません。・・坂田郡の多くの郷でも、水害に遭い、苦労しているはずなのです。」
「何かほかにも理由がありそうですね。」
とタケルが訊くと、タダヒコが答える。
「坂田郡の全ての郷を従え、いずれは、淡海の国主になる野望を持っているという者もおりますが、イカルノミコト様は、そのような邪な心を持つ御方ではありません。」
それを聞いて、ミワが少し苛立った口調で言う。
「タダヒコ様は、人が良すぎます。これまで、幾度、イカルノミコト様に嫌がらせをされてきたか・・水運の荷捌きでは、鳰の浜の者達は相当不満を持っているのです。」
ミワの言葉で、淡海には、水害の問題だけではなく、もっと別の問題があるのだということをタケルは感じた。
「タダヒコ様、この辺りを案内してもらえませんか?」
「判りました。ところで・・皆様は馬には乗れますか?」
タミヒコが尋ねる。タケルもミヤ姫もヤチヨも、春日の杜で幼い頃、乗馬の訓練はしていたので、即座に「はい」と答えた。だが、ナミヒコは、経験がな区困惑した表情を浮かべていた。それを見て、ヤチヨが言った。
「私の後ろに乗って下さい。大丈夫です。」
タダヒコは、馬を使って、蒲生の郷の周辺を案内する事にした。
郷から東へ向かうと、徐々に高くなっている。その先には、郷が見えた。
「あの辺りは、高台になっていて、水害からは免れていますが、水が足りず、水田には向きません。それゆえ、畑が広く作られております。」
さらに東へ向かうと、大きな川に着く。
「ここより先は、多賀の神の地です。神々の森ゆえみだりに立ち入らぬよう定められております。」
タダヒコが言うのを聞いて、一行は川向こうを見る。深い森が広がっていて、人を入れぬ雰囲気が感じられた。
ふと見ると、ミヤ姫がじっと川を見つめている。
「どうしました?」
タケルが訊くと、
「この風景、どこかで見た事があるような気がするのです・・。」
と、ミヤ姫が答えた。
「ここへ来るのは初めてでしょう?」と、ヤチヨが訊く。
「ええ・・ここへは初めてです。でも・・川の流れと森・・ああ、思い出しました。・・ヤチヨ様、ほら、よくご覧ください。」
と、ミヤ姫がヤチヨに言う。
「えっ?・・私も知っていると?」
ヤチヨはそう言って、目の前の風景を眺めながら、記憶を辿る。
「あっ、そうです。あそこに似ている・・。」
ヤチヨも記憶しているようだった。
「タケル様もご存じのはずです。」と、今度は、ヤチヨがタケルに問う。
「目の前に神の森、そして、大きな川と畑、そして、湖・・」とタケルが言葉を発しながら、記憶を辿る。
「ああ・・そうか・・・春日の杜に似ている・・。」
タケルが言うと、
「そうでしょう?・・あの杜には、大きな畑と水田があったでしょう。そして、そのための水路がたくさん・・。」
と、ミヤ姫が嬉しそうに言った。
「じゃあ、ここも水路を作ればどうかしら?」
とヤチヨが言うと、タダヒコが少し残念そうに言った。
「我らも水路をと考えた事はあります。しかし、山からの流れは全て、反対の斜面から大川へ注いでおります。幾つかの泉はありますが、とても水量が足りません。・・それよりも、あの沼地を干拓できればと・・。」
そこは、山裾に広がる台地の上、確かに、いくつか泉は湧いているが、広い台地を潤すほどの水量はないのは明らかだった。
「春日の杜には、泉すらありません。ですから、遠くから水を引いているのです。きっと、ここも・・いや、ここならすぐにでも出来るはずです。」
ミヤ姫が言うと、タケルがさらに続けた。
「あの川の上流を丹念に調べましょう。」
一行は、台地の縁に沿うように、馬で回ってみた。
台地を削るように川は流れている。裾の方は、川面までははかなりの段差はあり、水を引くには無理があった。ゆっくりと進む。
山手に入るにしたがって、川面と台地の差がなくなってきている。
「この辺りから、水路を作りましょう。この縁に沿うようにして行けば、かなりの水量を送ることができるはずです。」
タケルが説明すると、タダヒコは川面と台地、そして、その先を交互に見ながら、水路を頭に描いている。
「なるほど・・ここからならばできるかもしれません。しかし、まだ、川面が低い。かなり深く掘り込まねばなりません。」
それを聞いていたナミヒコが口を開く。
ナミヒコは、ヤチヨの馬の後ろに乗っていたせいか、少し、顔色が悪い。それでも何とか気持ちを踏ん張っているようにも見えた。
「川面を引き上げればどうでしょう。」

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント