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1.21 アスカケの力 [アスカケ外伝 第3部]

「此度、なぜ、このようなところへ参られたのでしょうか?」
イカルノミコトが訊く。
タケルは、出雲国の怪しげな動きについて、イカルノミコトに話した。
「八百万の神を祀る出雲国に不穏な動きとは、忌々しき事ですね。実のところ、近頃、越の国でも不穏な動きを感じております。この先、大きな戦でも起きないかと心配しておったところです。」
イカルノミコトは神妙な顔で言った。
「伯耆の国の事は何か、ご存じありませんか?」
タケルが訊く。
「ふむ・・伯耆の国は、古くから出雲国に従い、安寧な国であったと聞き及んでおります。だが、国主が倒れ、バラバラになった郷を纏めようとしている者がいると聞きました。」
イカルノミコトは知っている限りの話をした。
「纏めようとしている?・・その者の名は?」
タケルが思わず訊いた。
「いや、そこまでは・・ただ、その者が現れてから、越の国が何かと騒がしくなりました。」
越の国と伯耆の国では、間に、多くの国があり、直接的な繋がりはないはずだった。
「越の国は、出雲国と特別な縁がございます。オホド王の時、王の妹君が、出雲へ御輿入れなされました。以来、二つの国は、多くの者が互いに嫁を取り、縁を深くしていきました。領国はいわば双子のような国なのです。」
「なるほど・・。」
と、ナミヒコが頷く。
「八百万の神を祀る出雲国は、それ以前から周囲の国から敬われる立場にあり、臣下のごとく従っておりました。東の越の国も、若狭や丹波辺りまでを属国としておりました。結果として、両国に挟まれた国は全て属国とみなされておりました。」
「属国ですか・・。」と、タケル。
「その一つ、伯耆の国が離反する事態となったわけですから、騒がしくなるのは当たり前の事のことです。」
イカルノミコトの話で、タケルは、日本海に面した国々の事情がようやく呑み込めてきた。
伯耆の国を纏め、出雲や越の支配を排除しようとしている者が、トキオであれば、理解できる。一刻も早く、伯耆の国へ向かいたいと思っていた。
話が一区切りついたところを察して、ナミヒコがイカルノミコトに訊いた。
「一つ伺いたい。何故、イカルノミコト様はこの地であれほどの仕事をされているのでしょう。ここが故郷であるなら、病とはいえ、追われた身としては、これほど尽くすこともないでしょう。」
ナミヒコが訊く。
「そうかもしれません。確かに、ここは私が生まれ、病を嫌われ、追い出された・・悲しい思いでの多い場所です。再び戻ろうとは思っておりませんでした。」
イカルノミコトの言葉は至極もっともだった。
「私は、難波津でアスカ様やタケル様から、自ら為すべきことを見つけるアスカケという旅の話を聞きました。まだ十五ほどの子どもが、遥か九重の地から、大変な苦難を乗り越え、難波津まで来られた話を聞いているうちに、郷を追われ難波津に辿り着いたのが私のアスカケの旅の始まりだったのではないかと思ったのです。」
タケルやヤチヨは、春日の杜でカケルやアスカから話を聞き、大きな希望を抱き育った。思えば、安寧な暮らしの中で聞くアスカケはどこか遠い夢語のようにも聞こえていた。だが、イカルノミコトには、実に生々しく、自らの置かれた境遇を憂うのではなく、力にするほどの話しであったのだと思っていた。
「難波津で学んだことを生かすのが私のアスカケ。そう考えた時、故郷の事を思い出しました。この地は昔から水害に悩まされ、父や母も飢えに耐えながら働き、それでも水に勝てず命を落としました。私が難波津で学んだことを生かすには、やはり、この地しかなかったのです。」
イカルノミコトは少し目を潤ませて答える。
「しかし、イカルノミコト様がそうお思いになっても、郷の者達はすんなりとは受け入れてはくれなかったのではないですか?」
今度は、ヤチヨが訊いた。
「はい。辿り着いたものの、頼る者など居りません。初めは、郷のはずれの森の中で暮らしておりました。・そこで、あの翁夫婦に逢ったのです。」
「あの翁夫婦とは、我らがお泊めいただいた・・あの・・」とナミヒコ。
「はい。まだ、翁と呼ぶほどのお歳ではありませんでした。水害で息子たちを亡くされたばかりで、私の事を息子のように可愛がって下さいました。私がやろうとしている事を真剣に聞いて下さり、郷の者達を説得下さいました。・・もちろん、初めのうちは上手くいきませんでした。しかし、徐々に、水田にできる土地が増えてくると、皆が手伝ってくれるようになり、今のような広い田畑となったのです。」
イカルノミコトは、昔の想い出を楽しそうに語った。
「あの翁は私の恩人・・いや、救いの神なのです。」
イカルノミコトの言葉を聞き、ミヤ姫が言った。
「では、この郷には神が二人いらっしゃるのですね。」
「二人?」とイカルノミコトが訊く。
「ええ、あの翁様は、今の郷の暮らしと命を守ったのはイカルノミコト様で、郷の神であると申されておりました。」
ミヤ姫が言う。
「いや・・私は神などではない。私の為すべきことをしただけの事。」
イカルノミコトの言葉を聞き、タケルは、父カケルの事を思い出していた。自分の為すべきことをするだけというのは、父カケルの口癖だった。

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