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1.22 縁は繋ぐ [アスカケ外伝 第3部]

「もう一つ、お聞きしたいことがあります。」
今度はタケルが訊いた。
「水害を防ぐため、瀬多川の開削を進めようとしておる者が居られるのを知っていますか?」
「ええ・それはきっと、蒲生の郷タダヒコ様でございましょう。鳰の浜のナオリ様も同じ考えだと存じております。」とイカルノミコトが返答する。
「イカルノミコト様はいかがお考えですか?」
タケルが続けて訊く。イカルノミコトは少し考えてから答えた。
「開削ができるのならば有難い事。しかし、そのためには途轍もなく大きな労力が必要になりましょう。一年やそこらでは進まぬ大工事。そのうちに、大水でも出れば元も子もない。それよりも、ほかに手をつけるべきことがあると考えております。」
「タダヒコ様やナオリ様は、イカルノミコト様が反対し、妨害していると考えておられましたが・・・・」とタケルが言うと、ナミヒコが更に加えた。
「特に、タダヒコ様には、執拗な嫌がらせをされているとも言われておりましたが・・。」
「何という事。私にはそのような邪な考えなどありません。それに、それほど暇でもない。坂田の郡や伊香の郡で、やるべきことが沢山あるのです。おそらく、それは、誰かの流言をタダヒコ様やナオリ様がお聞きになっての事でしょう。嫌がらせというのも、きっと、そういう者達の仕業でしょう。」
イカルノミコトは怒る事もなく平然と答えた。
「何かを為す時、多くの者はまず反対します。皆、毎日の暮らしが大きく変わる事を恐れているからです。そして、強く反発し妨害しようとする者も少なからず現れます。これは世の常。しかし、反対する者の中にも少しずつ、賛同し協力してくれる者が現れます。そういう者達とともに、まずは動けばよいのです。」
”念ず者”と呼ばれた頃の酷い仕打ちを越えてきたイカルノミコトの言葉は、どこか達観している。
「まあ、実は、それをお教え下さったのは、カケル様なのですが・・。」
イカルノミコトはにこやかに話す。
「イカルノミコト様、今、蒲生の郷では大工事が始まっております。山手の高い土地に水路を引いているのです。それは、田畑を作る為だけではなく、暴れる川を治めるため。一気に湖に流れ込む水を山の高みで一時的に留めれば、水害を抑えられるのではないかと思うのです。」
タケルが説明すると、イカルノミコトは少し考えてから言った。
「ならば、山手に大きな池を幾つも作るとより効果も大きいでしょう。ここ、伊香の郷には、沼地は広がっておりますが大きな水害は少ない。実は、この先の山の向こうに、大きな池があるからなのです。」
「そうなのですか・・。」とナミヒコ。
「水害の多くは、湖の水嵩が上がるからではないのです。湖に流れ込む川に大水が一気に下ると、土手を壊し、あらぬところから水が入ってくる。それを防ぐために土手を高くしたところで、水の力ですぐに壊れてしまいます。水の力をどこかで弱めてやらねばなりません。大池を作ればその役割を果たしてくれます。」
水で苦労してきたイカルノミコトははっきりとした答えを持っていた。
「イカルノミコト様、是非、タダヒコ様と会っていただきたい。お二人が力を合わせれば、淡海はもっともっと豊かで穏やかな国となるはずです。」
タケルは、イカルノミコトの手を取り言った。
「是非にも。私も、タダヒコ様の御力を知りたいと思っておりました。」
タケルたちは、イカルノミコトとともに、蒲生の郷へ向かうことになった。すでに、季節は冬。
空を見上げると渡り鳥の群れが飛んでいる。湖畔には、コハクチョウの姿も見える。
「この辺りはとても水田にはできません。それで、蓮を作れまいかと思っておるのです。」
湖岸近くを船で進みながら、イカルノミコトが言う。
「蓮ですか?」とヤチヨが興味を示した。
ヤチヨは、大和に居た頃から蓮に興味があった。
都の近くにも沼地が広がっている。ある時、渡来人が、蓮の種を持ち込み、育て始めていた。夏に美しい花を咲かせるだけでなく、秋には泥の中から見事なレンコンを掘りだしていた。それは食材として絶品だということをヤチヨは知っていた。
「ヤチヨ様は、蓮をご存じなのですか?」
イカルノミコトが訊く。
「はい。難波津の市で手に入れ、食しましたが、絶品でした。いつか、淡海の湖が育んだ蓮根を食してみたいと思います。」
ヤチヨの目が輝いている。
「ほう・・それ程に良いものですか・・。ならば、急いで作りましょう。」
イカルノミコトも嬉しそうに答える。
暫くすると、島が見えてきた。前方から近寄る船がある。
「ナミヒコ様!タダヒコ様は、あの島に居られるようです。」
一足先に出発して、タダヒコの居場所を探していたシラキだった。二艘の船は、島へ向かう。そこは、石切り場にしている場所だった。大勢の男達が働いている。その中にタダヒコが居た。
「タダヒコ様!」
タケルが叫ぶと、タダヒコが顔を上げ、すぐに船着き場にやってくる。
「これは、タケル様。このようなところまでお越しになるとは・・。」
タダヒコは額の汗をぬぐいながら、笑顔で挨拶した。

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