SSブログ

1.23 対面 [アスカケ外伝 第3部]

「ここは?」とタケルが訊く。
「水路の工事は順調ですので、私は、郷の方に掛かっておりました。石積みを広げ、山の水路とつなぐ工事を始めたのです。・・山の石切り場は遠いので、近くから切り出せないものかと・・ちょうど良い所が見つかり、数日前から作業に掛かりました。船で運べば、大きいものも容易です。これなら、水害に強い郷を作れます。」
タダヒコは上機嫌で答える。ふと、タケルの横にいる男に目を遣る。
「そちらは?」
「お初に、お目にかかります。イカルノミコトにございます。」
イカルノミコトが深々と頭を下げる。
タダヒコは驚いた。瀬多の開削に反対し、これまで何度も嫌がらせをされていた相手だと思い込んでいる。
タダヒコは、どう返答すればよいか判らず、小さく頭を下げる。
「やはり、タダヒコ様は私の事を疑っておられるようですね。」
イカルノミコトはにこやかな笑顔を見せながら言った。
困った表情を浮かべたままのタダヒコを見て、タケルが助け舟を出す。
「タダヒコ様、イカルノミコト様は貴方が思っているような御仁ではありません。おそらく、全ては、流言。その大元は当りがついております。是非、そのあたりについてゆっくりとお話ししましょう。」
タケルの言葉を聞き、タダヒコもようやく表情が緩んだ。
「それでは、ここの仕事のきりを着けますゆえ、先に、我が館へ行かれると良いでしょう。夕刻には戻ります。」
タダヒコはそう言うと、再び、石切り場へ戻って行った。
タケルたちは、夕刻まで、山手で進んでいる水路工事の現場を見て回った。
「これ程の人をどうされたのですか?」
イカルノミコトは、水路工事に掛かっている人の多さに驚いている。工事を進めているところには、俄かに郷ができていて、人夫だけでなく、女達もたくさん働いている。
「初めに難波津から、指南を受けるために職人を呼びました。それからは、難波津だけでなく、紀伊の国や西国からも、仕事を求めて多くの人が集まってきたのです。」
「西国からも?」
「ええ、ヤマト国を支える多くの国は、難波津に館を持ち、諸国から知恵や技術を得ようとしております。此度の水路作りの話は、特に、伊予や讃岐、九重の者には良い機会になったようです。ここで技術を学び、自国で役立てようと思う若者が集まったようですね。」
「うーむ。」
イカルノミコトは唸った。
これまで、自分の郷の事は、居るだけの者で何とかしてきた。だが、やはり、大きな工事はできず諦める事も多かった。だが、他国の力を借りる事が出来れば、もっと大きな仕事もできる。そんなふうに考えては来なかった自らを恥ずかしいと感じていた。
夕刻になり、タダヒコが館へ戻ってきた。
「粗末なところですがご容赦ください。」
タダヒコは野良着から着替えて、広間で接見した。
「タケル様、此度はまことにありがとうございました。素晴らしき御仁をご紹介いただき、予想以上に仕事は進んでおります。人手も多く集まり助かっております。これなら、瀬多川を開削するよりも、遥かに良い結果となりましょう。」
タダヒコは満足な表情でタケルに礼を言った。
「いや、礼を申されるのであれば、ソラヒコ様にすべきでしょう。」
と、タケルが言った。
「ソラヒコ様?・・今、ソラヒコ様と申されましたか?・・それは、難波津のソラヒコ様のことですか?」
と、驚いた表情でイカルノミコトが言う。
「ああ、そうでしたね。イカルノミコト様は、ソラヒコ様とともに、難波津の開削をされていたのでしたね。」
と、タケルが答える。
「なんですと?・・イカルノミコト様は、ソラヒコ様とともに、難波津に居られたのか?」
今度は、タダヒコが驚いて訊いた。
そこに、ソラヒコが顔を出した。
「おや、其方はイカルではないか!こんなところで何をしておる?確か、郷へ戻ると言っておったではないか。そなたのアスカケは叶ったのか?」
ソラヒコが、何も知らずに訊く。
「何とした事か!このような縁があったとは!」
タダヒコもイカルノミコトも互いに顔を見合わせて笑った。
それから、夕餉を共にしながら夜遅くまで、イカルノミコトとタダヒコは、心のままに語りあった。
それは、まるで竹馬の友が、なににも遠慮することなく、昔話や今の郷の様子、そして、淡海の国の未来、難波津や都の事など、互いに知ることの全てを、熱く熱く語った。
「ヤマトとは、国にあらず。全ては人の縁。善き哉。」
濁酒に酔ったソラヒコが、二人の様子を見ながら呟いた。
「淡海はもう大丈夫ですね。」
タケルがソラヒコに訊く。ソラヒコはすでに眠っていた。

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント