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1.24 多賀の社 [アスカケ外伝 第3部]

すっかり意気投合した、タダヒコとイカルノミコトは、翌朝、タケルたちを前に約束した。
「これよりのち、我らは、淡海の民のため、全身全霊で働きます。この地を今よりもずっと豊かで安らかな地にして参ります。」
力強い言葉だった。
「それは、素晴らしい事です。鳰の浜のナオリ様や、高島郡のモリ様とも、ぜひ合力されるよう願います。」
「はい。」
タケルの言葉を受け、二人は力強く返答をした。
「ですが、一つだけ、気掛かりな事があります。」
タケルが言おうとしている事は二人にもすぐに判った。
「多賀の事ですね。」
と、タダヒコが答える。
「明日にも、多賀へ向かいたいと思います。多賀は、いにしえから、淡海の守り神を祀る尊き郷、我らの思いは、きっと神々も讃えて下さるに違いありません。」
イカルノミコトの言葉を聞き、タケルも同行することにした。ミヤ姫たちは、少しでも工事が進むようにと、皆の手伝いをする事にし残った。
すぐに、蒲生の郷のあちこちから、多賀の神々へ捧げる供物が用意され、荷車に山と積み出発する。
タケルたちは、馬を遣い、水路の工事の様子も確認しながら、多賀へ入る。
川を渡ると、深い森が広がっていて、その中を縫うように道が続く。冬を迎えた森の中は、落葉が深く積もっている。鳥の声だけが響く。暫く、山道を登ると、急に森が開け、多賀の郷へ入った。
静かな郷だった。
「あの山の頂きに、この地を守る神が宿る磐座があります。山は神域ゆえ立ち入る事を禁じられております。」
タダヒコが、山頂を見上げて言った。
社は低い山の懐ともいうべき場所にあった。石段を数段上るとすぐに社の境内に入る。大きな杉が競うように並んでいる。
タケルたちが境内に入ると、白い衣装に身を包んだ巫女たちが出迎える。
「多賀の神へ献上品を持参しました。」
タダヒコが言うと、男衆が現れて、荷車を検分して中へ運んだ。
「こちらへ。」と、若い巫女がタケルたちを案内する。社の中へ案内されると、そこには、年配の巫女が座っていた。
「巫女長様にございます。」
先ほどの若い巫女はそう紹介すると、部屋を出て行った。巫女長は目を閉じじっと黙ったまま座っている。タケルたちは、巫女長の前に座り、深々と頭を下げる。
「謹んで申し上げます。蒲生の郷、タダヒコでございます。此度、伊香の郡、イカルノミコトとともに、国作りに励む所存でございます。多賀の神におかれましては、我らの願いを叶えていただきたく参内いたしました。」
巫女長は何も答えない。
「こちらは、ヤマト国の皇子タケル様とミヤ姫であられます。淡海の国作りに助勢いただいております。御挨拶に参られました。」
タダヒコがタケルを紹介した。すると、巫女長は目を開き、タケルたちを厳しい目で睨んだ。そして、大きく深呼吸をすると、徐に立ち上がった。
「高嶋郡のいにしえの悪霊を退治されたようじゃな。」
不思議なことに、対岸での出来事を既に巫女長は知っていた。
「タケル様は、恐ろしき力をお持ちのようじゃ。その力を邪なことに使う事、罷りならぬ。それを破れば、八百万の神の怒りにふれよう。」
「はい。心しております。」と、タケルが答えた。
「この先、其方は西に向かい、大きな苦難に直面し、命さえ危うい目に逢うであろう。恐ろしき大きな敵が近づいておる。心せよ。おのれの力のみに頼らず、多くの者の力を集めねばならぬ。過信するなかれ。」
巫女長の言葉は、天から聞こえてくるようだった。巫女長はそう言うと、再び座り、目を閉じた。
「巫女長様はお疲れのようでございます。こちらへどうぞ。」
気付かぬうちに、若き巫女が傍に居て、皆を、脇にある館へ案内した。
そこには、多賀の郡の十人ほどの郷長達が集まっていて、タケルたちを歓迎した。
「数日前に、巫女長様が、ヤマトの皇子がこの地へ参られると仰いましたので、皆、こうして、集まっておりました。」
郷長の一人が言う。
ここへ向かう事をあらかじめ伝えてはいないはずだった。
「どうしてそれを?ここへ参ることは昨夜決めたばかり・・。」
と、タケルが不思議に思って訊いた。
「巫女長様は、磐座の神代(かみしろ)で在られます。磐座の神は、高き山の上から、下界で起こる事、全てをご存じなのでございます。」
別の郷長が答える。
父カケルのアスカケの話でも、九重・高千穂の郷に未来を予言する巫女が居た事は知っていたが、そうした者が本当にいるとは思っていなかった。
「一つ、伺いたいことがございます。此度、蒲生の郡タダヒコ様と、伊香の郡イカルノミコト様が手を結び、淡海の地を豊かにするため、助け合うことを誓われました。皆様はいかがお考えですか?」
タケルは率直に郷長達に考えを聞いた。
「それは善き話。是非とも、多賀の郡も加えていただきたい。」
十人程の郷長たちは、皆、同じ考えのようだった。
一夜を、多賀の郷長達と過ごし、タケルやタダヒコ、イカルノミコトはしっかりと多賀の郷長達の思いを受け止めた。

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