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1.25 怪しき者 [アスカケ外伝 第3部]

翌朝には、多賀の郷を後にして、蒲生へ戻ることにした。
森を抜けたところで、川向こうに黒い煙が上がっているのが見えた。
「あれは?」と、イカルノミコトが指差す。
「水路作りを行っている当りかと・・・何か燃えているようです。急ぎ戻ります。」
タダヒコは慌てて、馬を蹴り、走り出した。イカルノミコトもタケルも、タダヒコに続いた。川を越え、山裾を登っていくと、小屋から大きな炎が上がっている。一つだけではない。水路作りの者が寝泊まりするために、急ごしらえされた小屋が、幾つも燃えている。
皆、必死に消そうとしていた。
「どうしたのだ!」と、タダヒコが馬上から叫ぶ。
「おお、タダヒコ様じゃ!」
水路作りの人夫達が、タダヒコを見て、申し訳なさそうな目をして言う。
目の前の小屋の炎は空を焦がすほどに立ち昇っている。皆、手に桶を持ち、水をかけているが、なかなか収まらない。
タダヒコも馬を飛び降り、皆に加わる。すぐに、イカルノミコトやタケルも追いつき、必死に、火を消そうとした。まだ、水路は完成していない。山手の地にある水は限られていた。為す統べなく、ほとんどの小屋が焼け落ちてしまった。
燻ぶる火、立ち昇る煙、疲れ果てた様子で皆辺りに座り込んだ。
「今朝方、ミヤ姫様とヤチヨ様が居られた小屋辺りから、火の手が上がり、あっという間に広がってしまいました。」
真っ黒な顔をしたナミヒコが、タケルに無念な表情で告げる。
「二人は無事なのか?」とタケルが訊く。
「はい・・ですが、ヤチヨ様がお怪我をされて、下の郷へ。」
「怪我?まさか、火にまかれたのですか?」
「いえ・・。火付けをした男を捕らえようとしてお怪我を・・。」
「火付け?」とタダヒコが訊く。
「はい。そのようです。まだ、陽が上らぬ内のことでした。ヤチヨ様が、朝餉の支度にと起きて来られた時、小屋の裏に人影を見つけて、不審に思い声を掛けたところ、その場で、火の手が上がったとのことです。」
ナミヒコが答える。
「それで?」とタダヒコ。
「その男がヤチヨ様に気付き、短剣で切り付け逃げたようです。」
「怪我の具合はどうなのです?命に関わるほどのことは?」
イカルノミコトが心配して訊く。
「ミヤ姫様が今、下の郷でヤチヨ様についておられます。ミヤ姫様からは、心配ないと言われておりますが・・・。」
ナミヒコは、そうは言ったものの、心配そうなそぶりを隠せなかった。
「ミヤ姫がついておるのなら心配いりません。大丈夫です。」
タケルはナミヒコを宥めるように言った。

その頃、ヤチヨは人夫達に担がれて、下の郷へ着いていた。肩から背中にかけて切り付けられ、なかなか、出血が止まらない。
「そこへ寝かせてください。」
ミヤ姫はそう言うと、家の中に運びばれたヤチヨを、板敷の上にうつ伏せにして、横たえる。
「お湯と綺麗な布をすぐに用意してください。」
山手で火が上がったのに気付いた郷の者達は、すでに怪我人が運ばれてくる事を予想して待っていた。
ミヤ姫は、用意された湯と布で、ヤチヨの傷を拭い、とにかく止血を急いだ。傷は肩から背中に大きく切れていたが、深くはない。だが、ここへ運ばれるまでに大量の出血があり、ヤチヨは意識を失っている。
「皇様、タケル様、お力をお貸しください。」
ミヤ姫は、懐から鏡を取り出し、強く握り祈る。
鏡は黄色い光を発し、あっという間に、ヤチヨとミヤ姫を包み込んだ。ミヤ姫は、傷口にそっと手を当てる。
徐々に出血が収まり、傷口が塞いでいく。だが、ヤチヨは目を覚まさない。光が徐々に小さくなると、ミヤ姫もその場に倒れてしまっていた。

「火付けとは・・。」
イカルノミコトが、焼け落ちた小屋の様子を見ながら嘆くように言った。
「以前にも、幾度か、ボヤ騒ぎがありました。実は、それはイカルノミコト様の仕業と言う流言を信じておりました。恥ずかしい限りです。」
タダヒコが言う。
「実は、私も、幾度か大事な水路を壊され、蒲生の郷の者の仕業という流言を信じておりました。だが、真実ではなかった。」
と、イカルノミコトが言う。
「その男を捕らえればそうすればすべてが判るでしょうが、今は、まずここを片付け、皆様が休める場所を作らねば・・。」
タダヒコが、人夫達に命じて、小屋の片づけと立て直しを始めた。
「では、その男は私が探しましょう。・・蒲生でも、多賀でも、伊香でもない者となれば、後は、安土辺りの郷の者しかありません。逃げたとしても、そう遠くには行っておらぬはずですから。」
そう言った、イカルノミコトを、タケルは止めた。
「いや、安土の郷の者とは限りません。ここにいる大半のものは難波津や西国から参った者ばかりです。そこに紛れているとすれば、私にも責任があります。皆を集めていただきたい。」

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