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1-26 恨みを晴らす [アスカケ外伝 第3部]

火事場の片づけを始めていた者が、広場に集められた。
「この中から火付けをした者を探すというのですか?」
イカルノミコトは半信半疑でタケルに訊いた。
「蒲生の郷の御方は、タダヒコ様のもとへお集まりください。」
タケルが言うと、タダヒコの許に半分ほどの民が集まった。
タダヒコは、集まった者たちの顔をじっくり見ながら、火付けをした者が紛れていないか検分する。そして、タダヒコは小さく首を横に振る。蒲生の郷の者の中には紛れていないようだった。
それを見て、タケルは小さく頷き、口を開く。
「小屋は焼け落ちてしまいました。しかし、落ち込むことはありません。また、作れば良い。皆の力を合わせれば、これほどの事など、何の事もないでしょう。」
それを聞き、ソラヒコが皆を鼓舞するように答える。
「ああ、そうだ。水路作りの石を運ぶより、家づくりの方が楽に違いない。ほんの三日もあれば元に戻る。やれるな?」
それを聞いて、ヤマトのものたちが声を上げた。
「我ら、ヤマトの者は、皇様と摂政様が紡いだ、アスカケの絆で結ばれております。ここ、淡海の国でも、その力をしっかり発揮致しましょう。」
そう言うと、タケルは、集まった者達ひとり一人をじっくり見て、懐からゆっくりと青い布切れを取り出して、右手で高く掲げた。
それを見て、ナミヒコが懐から同じ青い布を取り出して掲げる。
ソラヒコも掲げた。それから、次々に、集まった者達が、同じ青い布を取り出し、高く掲げた。
イカルノミコトやタダヒコ、蒲生の郷の民の前に、様々な大きさの藍色の布が広がる。それを見て、皆、目を見開いた。
「それは?」と、タダヒコが言う。
「これは、ヤマトの絆を示す布。アスカケが紡いだ藍染の布です。藍色の布を身につけることがヤマトの民の証と、いつの間にか皆に広がりました。」
タダヒコの傍に居た、石大工の男が小声で言った。
「絆の藍色の布か。・・素晴らしい。」
イカルノミコトも感服した様子だった。
「おや?お前、証はどうした?」
居並ぶ人の中で、声が響いた。周囲の者達も反応して、そちらを見る。
男が三人、手に何も持たずにいる。すぐに、周囲の者達が取り囲む。
「お前、何処から来た?」と、別の男が詰問する。
三人の男は、何も答えず、取り囲む男達を睨み返す。それに気づいて、ナミヒコが男たちを掻き分けて、駆け寄る。
「重ねて訊く。お前たちは何処から来た?正直に答えよ。」
「俺たちは・・あ・・安土の者だ。」
三人の男のうち、最も年配に見える男が答えた。
それを聞いて、蒲生の郷の民の中から、男が一人、前に出た。
「何、安土だと?顔を見せろ!・・・俺は、つい先ごろまで、安土に居たんだが、お前のような者は見たことはないぞ!」
「ちっ!ばれたか。」と、男は嘯いた。
「ならば、お前たちが火をつけたのか!」
ナミヒコはそう言うと同時に、腰の剣を抜き、男たちに迫る。
ナミヒコの顔は怒りに満ちている。ナミヒコの剣を見て、三人の男の中の一人が、懐に忍ばせていた短剣をさっと抜き、構える。その短剣の柄には、赤い血糊が残っている。明らかにヤチヨを傷つけた者に違いなかった。
「許せぬ!」
ナミヒコは怒り心頭、剣を高く振りかぶった。
「いかん!」
タケルは、高く飛び上がり、半身になって、二人の間に割って入った。
キーンという音が辺りに響いた。
タケルはナミヒコの振り下ろす剣を自らの剣の鞘で受け止めた。
「殺めては、駄目です。」
タケルが言うと同時に、ドスンという音がした。
短剣を持った男が、目を瞑ったまま、突進し、タケルに体当たりをしたのだった。
「うっ。」
タケルが小さく呻き声を漏らす。
短剣を持った男は、タケルの体に弾かれて、そこらに転がる。短剣は、タケルの脇腹を突き刺していた。つーっと赤い血が流れ、膝辺りからぽたぽたと地面を染めていく。
「ナミヒコ様、落ち着いて下さい。この者を切って、ヤチヨの恨みを晴らしたとしても、次の恨みを生むだけです。恨みは続き、いずれ取り返しのつかないことになり・・」
タケルは、そう言いながら、片膝をつき、脇腹に刺さったままの短剣を押さえた。
ナミヒコは驚き、剣を落とすと、タケルの体を支える。周囲に居た者が、男たちを取り押さえ、縄で縛り上げた。
「タケル様、しっかりしてください。」
タダヒコが声を掛ける。
タケルは、両足を踏ん張り、何とか姿勢を保った。わき腹にはまだ短剣が刺さっている。
「その者達を殺してはなりません。何故、このような事をしたのか、聞くのです。きっと、やむを得ぬ訳があるはずです。良いですね。」
タケルはそう言うと、その場に倒れ込んでしまった。


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