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1-27 手当て [アスカケ外伝 第3部]

「ミヤ姫様は、いずこだ!?」
ナミヒコが叫ぶ。
ナミヒコは、ミヤ姫の鏡の力を知っている。一刻も早く、あの力を使って、タケルの傷を癒さなければならない。
「それが・・ヤチヨ様の傍に居られますが、ミヤ姫様も気を失われたままなのです。」
郷から戻ってきた女人が答える。
「それでは、タケル様の御命が危うい。どうすれば良い?」
ナミヒコは、狼狽え、周囲の者に当たる。
横たわるタケルの体から、真赤な血が流れだしている。タケルの体が次第に力を失い、呼吸も弱くなってきていた。取り巻く者達もどうしてよいか判らない様子である。
「これはいかん。すぐに手当てじゃ!」
そう言って、多賀の巫女長が現れた。
「そなたらを見送った後、皇子の身に予期せぬ事が起きると神のお告げがあったのじゃ。・・ふむ・・このままでは、命の灯が費える。・・まずは、血止めじゃ。カズサよ、すぐに手当てを。」
巫女長が言うと、伴をしてきた巫女の一人が進み出て、タケルの服を脱がし、傷口が見えるようにした。短剣は予想以上に深く刺さっていた。
カズサが、傷の具合をじっと見つめる。
「どうすれば良い?」
ナミヒコが、巫女カズサに訊く。
「白き灰と布もたくさん用意してください。お湯も必要です。急いで!」
皆、すぐに、灰と布を集めてきた。だが、火を消し止めるために水は使い切っていて、綺麗な水はほとんどなくなっていた。
「タダヒコ様!水がない・・湯が作れません。」
民が集まってきて、情けなく言う。
「焼け落ちた家の中には、きっと甕があるはずです。それを探して、消し炭を沈めて下さい。使えるはずです。」
強い口調で、巫女カズサが言う。
周囲に居た者たちは、焼け落ちた家を探し回った。カズサの言った通り大きな甕が見つかり、言われた通りに消し炭を入れ濾過して湯を沸かした。
「これから、傷口を抑えながら、ゆっくりと剣を抜きます。すこし、血が飛び散るかもしれません。」
そう言うと、傷口に手を当てながら、ゆっくりと剣を引き抜いた。ピュッと血が出たが、すぐに手で押さえる。
「お湯をください。」
傷口に湯をかける。辺りに真赤な血に染まった湯が流れる。
「灰を下さい。たくさん振ってください。」
タダヒコが、灰袋を抱え上げて、タケルの腰辺りに振りかける。
「布を下さい。」
カズサは、手際よく手当てをしていく。脇腹辺りにきつく白い布が巻かれる。ジワリと血が染み出して来るが、すぐに止まったようだった。
だが、手当をしている間にも、タケルの呼吸はだんだん弱くなっていて、かすかに感じるほどになっていった。
「タケル様!しっかりしてください!」
皆、祈る思いでいた。

タケルは、蒲生の郷の空高くにいた。
正しく言えば、タケルの魂が体を離れ、宙を待っていた。
周囲には、ハクチョウの群れが飛んでいる。そして、正面には白い雪を被った伊吹山が見え、足元には琵琶湖が広がっていた。
タケルの魂は、風に乗るように、ひゅーっと南へ飛んでいく。
あっという間に、大和の都に着いた。
懐かしい風景が広がっている。大路を抜けて、宮殿の門をくぐる。女官たちが働いている様子が判った。
館の中に入ると、玉座の間に、皇アスカがいて、うとうととしていた。
ふわっとタケルの魂がアスカの横に近づくと、ふいに、アスカの首飾りがキラキラと光り始め、アスカが目を覚ました。
「タケル。そこにいるのね。」
アスカは驚く様子もなく、呟く。
タケルは何か答えようとするが、魂だけで実態がなく、何も言えない。
「貴方のいるべきところへ帰りなさい。まだまだ、為すべきことがあるはずです。」
アスカは厳しい口調で言うと、首飾りを握り締める。強い光が発し、タケルの魂は弾き飛ばされた。

ハッと、タケルは、目を開いた。
「おお、気が付かれましたぞ!」
傍に居たタダヒコが声を上げる。
タケルは、にわか仕立ての小屋の中に横たわっている。脇には、イカルノミコトや巫女長たちが居た。
「私は・・。」とタケルが言うと、
「一晩眠っておられました。傷は、多賀のカズサが手当てをしました。」
タダヒコは安堵した様子で答えた。そこに、カズサが入ってくる。
「もう、気が付かれましたか。」
手には、器を抱えている。
「それならば、これをお飲みください。傷が早く癒える薬湯です。」
タケルは、少しずつ口に含んだ。じんわりと、薬湯が、体の中に沁み込んでいくのが判る。そして、それは、どこかで懐かしい味がした。

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