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1-28 回復 [アスカケ外伝 第3部]

「これは?」とタケル。
「お気づきですか?難波津の薬事所で、アスカ様から教わった薬湯です。タケル様は幼い頃は体が弱く、アスカ様が特別に煎じておられました。」
巫女長がにこやかな表情で答えた。
「難波津?」とタケル。
「私は、まだ若い頃、多賀一族の娘として、父から、難波津で薬草を学んでくるよう命じられ、薬事所に参りました。そのころ、アスカ様は、多くの女人とともに、薬草作りや薬湯などを作られて居られました。」
「何という御縁であろう。」とタダヒコが言う。
「だが、今は、多賀の巫女長とはどういうことですか?」
イカルノミコトが訊く。
「父が病となり、郷に戻りました。父の病を治すために、伊吹の麓に薬草園を開きました。実は、アスカ様も、一度、薬草園に来られたことがございます。ですが、結局、父の病は治せぬまま、世を去りました。私には兄が居ります故、父の跡を継ぎ、多賀の神職を務めるはずでしたが、その兄も、同じ病で亡くなり、巫女長として、多賀の社を守ると決めたのです。」
周囲の者は巫女長の話に聞き入っていた。
「あの・・カズサという巫女様は?」とタダヒコが訊く。
「カズサ?」とタケルも訊く。
「タケル様、その傷の手当てをした巫女様にございます。手際よく皆に指示をしておりました。先ほど、薬湯を持ってきたものです。」
とタダヒコが答えると、タケルは、皆の後ろに目立たぬように控えていたカズサを見つけ、手招きした。
「貴方のおかげで命を繋ぐことができました。ありがとうございます。」
タケルは丁寧に礼を言った。
「いえ、私は、為すべきことをしたまでで、ございます。」
カズサは小さく答えた。
「カズサは私の娘なのです。幼い頃から、薬草園の手伝いをし、今は、巫女の傍ら、多賀の薬師として郷を回って、民の病いを治療しておるのです。」
そう言えば、顔立ちが巫女長に似ていた。
そこまで聞いて、ふと、ナミヒコが思い出したように言った。
「そういえば、難波津の薬事所は、多賀の薬草を重用されておりました。難波津では作れぬ薬草があるとも聞きました。」
「ええ、アスカ様がこちらに来られた時、伊吹の御山で見つけられた珍しい薬草です。幾種類もございます。我ら、多賀のものは、それで難波津から米を手に入れ暮らしております。ただ、その事は、周囲の者に知られてはならぬとの掟がございます。薬草園の場所も、限られた者の身が知るところ。」
巫女長が言うと、周囲に居た者は、皆、顔を見合わせた。
「良いんですか?そんな話をされて・・。」とタダヒコが気遣う。
「はい。これもきっと、八百万の神の御導きでしょう。」
巫女長は笑って言った。
そこに、ミヤ姫が入ってきた。
「タケル様!」
ミヤ姫は、横たわるタケルにしがみつき声を上げて泣いた。ひとしきり泣いた後で、ミヤ姫はタケルの手を握り言った。
「ごめんなさい。私がお傍に居れば、このような事には・・。」
「いや、姫はヤチヨ殿の命を救ったのです。それで良いのです。」
タケルも優しく手を握り返し、労わるように言った。
「春になれば、傷も癒え、お元気になられるでしょう。それまではどこか善き場所で過ごされるように。」
脇に控えていたカズサが言う。
タケルが横たわる場所は、俄作りの小屋だった。これでは、淡海の冬の寒さに耐えられない。タケル達は、春までタダヒコの館で過ごすことになった。

捕らえた男達の始末については、イカルノミコトに任されることになった。まずは正体をつきとめなくてはならない。拷問して吐かせれば良いという者もあったが、イカルノミコトは、男達を船に乗せ、湖に浮かぶ小島へ連れて行った。そこは、郷のある岸からは遠く離れ、逃亡は出来ぬ場所にあり、岩場ばかりで、雨露をしのぐ小屋の一つも無かった。
「そなたらの命を奪うのは容易い事。だが、そなたらがしたことは、淡海の国やヤマト国を敵に回したと同じ事。ヤマトとの戦となれば、そなたらの国の多くの民が命を奪われるやもしれぬ。事の重大さを悔い、本当の事を話すまではここで生きるが良かろう。」
イカルノミコトはそう言って、僅かな水と食糧を残して、三人の男を小島に置き去りにした。
三日ほどが経ち、様子を見に行くと、男たちは憔悴しきった様子で岩にもたれかかり動け無い状態になっていた。船が近づくと、男たちは涙を流し許しを請い縋った。
男たちは、越の国の者で、国造に命じられ、淡海国の様子を探っていたと白状した。
越の国はオホド王の治世から時を経て、次第に衰退しており、頼みとする出雲国も不穏な様相となり、近隣諸国からの侵略を恐れているのだとも話した。淡海国がヤマト国と深く繋がる事を阻止するため、火をつけたとも話した。
「愚かなことを。自ら敵を作っただけではないか。」
イカルノミコトは吐き捨てるように言った。
「その者たちを解き放す。この先、越の国に災いが起こるとすれば、そなた達が招いたことだ。罪の意識に苛まれ、苦しみ、生きることになるであろう。」
男たちは、淡海の北の外れ、越の国境まで連れて行かれ、放された。うっすらと雪化粧をしている峠を男たちは下って行った。

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