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1-29 春を待つ [アスカケ外伝 第3部]

年が明ける頃になると、カズサの作る薬湯が効いたのか、タケルは徐々に体力を戻し、ミヤ姫の助けで何とか歩けるようになっていた。ヤチヨは、ミヤ姫の力ですぐに回復していて、カズサとともにタケルの体力が少しでも早く回復するよう、食事作りに精を出していた。
伊吹の山は真っ白に雪化粧をしている。
「この冬は雪が多くなりそうです。」
タケルに薬湯を届けに来たカズサが伊吹の山を見ながら言った。カズサは、多賀の巫女長に命じられ、タケルの許に残り、薬湯作りをしていた。
「薬草園は冬には雪で閉ざされるのですか?」
と、タケルが薬湯を口にしながら訊いた。
「はい。薬草園はあの御山の麓ですから、多い時は背丈ほどまで雪が覆います。しかし、そういう年は、春の芽吹きが見事なんです。きっと長く雪に閉じ込められているうちに、草木はしっかり根を張るのでしょう。置かれた場所で生き延びる術を知っております。」
まだ若い娘なのだが、何か深い悲しみを知っているような、特別な雰囲気を持っている。
「父様はどうされておられるのでしょう。」
と、タケルが訊くと、ふっと寂しげな顔を見せる。
「私は父の顔を知りません。私がまだ幼子だった頃に、大和争乱の中で、命を落としたのだと、母から聞きました。」
ここで、大和争乱の言葉を聞くとは思っても居なかった。
戦というのは、終わったとしても、その後も、長く人の心に深い傷を残してしまうものだ。なのになぜ人は戦をするのだろう。この先、そうしたことが起きぬよう、タケルは改めて心に誓った。
イカルノミコトは、タケルの回復の様子を確認すると、冬の間に水路の修復を急ぎたいと、郷に戻った。
「越の国への道は、すでに雪に閉ざされております。春までゆっくりとここで養生されるが良いでしょう。」
タダヒコは、そう言って、水路作りと郷の水害対策の仕事に戻った。
タケルの許にも、ヤマトの国の年儀の会が開かれるという報せが届いた。
「タケル様の傷の事は、難波津や都でも承知されておられるようです。しっかり養生するようにと、皇様や摂政様から、言伝がございました。」
ナミヒコは、ヤチヨの具合が良くなったのを見て、一度、難波津へ報告のために戻っていた。そこで、年儀の会が開かれることを聞き、急ぎ戻ってきたのだった。
「淡海の国は、国造が定まっておりませんが、誰か参内できないかと、難波比古様から打診がございました。」
ナミヒコが、タケルに相談をした。
「皆様で、相談されたほうが宜しいでのではないでしょうか。」
タケルの言葉をナミヒコは、タダヒコやイカルノミコト、ナオリ、そして多賀の巫女長にも伝えた。すぐに皆が集まり相談をし、此度は、ナオリが出席することになった。
タケルは次第に動けるようになり、ミヤ姫とともに、多賀の社に参内し、八百万の神へ祈りを捧げた後、水路作りを視察したり、蒲生の郷の石切り場を見たりしながら、春を待った。
暫くすると、年儀の会へ出かけたナオリからの使者が来た。年儀の会に出席した諸侯がタケルの怪我を知り、皆、見舞いへ行くと言い出し、皇アスカと摂政カケルの行幸の形で何とかまとまったという事だった。
皇を迎えるとなれば相応の支度が必要になる。タダヒコ、イカルノミコト、多賀の巫女長、高島のモリ達は知恵を出し、琵琶湖に浮かぶ大嶋で迎える事とした。
この時代、琵琶湖の水位はずいぶん高く、現在の近江八幡や彦根辺りは大半が湖の中か湿地であり、大小、幾つもの島があった。
多くの島は、殆んどが漁民であった。もっとも大きな島、この地では大嶋と呼ばれる島は、周囲に葦の湿地が広がっていて、島民は皆、葦を刈る仕事に従事し、かつては淡海国の都として栄えていた。
タケルを伴い、タダヒコやイカルノミコトは島の下見に訪れた。
「刈り取った葦は、屋根を葺いたり、日除け簾にしたり、薪代わりにしたり、田に入れて肥料とすれば立派な米がとれるのです。そうそう、漁具としても重宝しております。何より、葦の原には、魚も多く棲み、それを狙って水鳥も集まるので、獲物には事欠きません。本当に葦は役に立ちます。」
冬枯れの葦を総出で刈り取り、束にして立てかける作業をしている島民がタケルに説明する。都でも、葦を使っていたが、ここの葦は背丈も大きく立派であった。
「葦の根は薬にも用いられるのです。難波津の薬事所で学びました。」
タケルに同行した、カズサが付け加えた。
島に近付くと、大きな館が見えてきた。
「かつてこの一帯の島々を治めていた長の館です。水害にて、一族の跡を継ぐ者が亡くなり、今は、島の皆が集まりに使うために、時々、手入れをしております。少し手を入れれば、皇様をお迎えする事も出来ましょう。ここで春まで養生されても良いように支度をいたしましょう。」
と、タダヒコが説明する。
山を背にした、大きな館には、倉や家屋が幾つも建ち並んでいる。タダヒコが言う通り、綺麗に維持されている。
タダヒコは島の者達を集めて、タケルたちを紹介し、皇の行幸を話すと、島民が、皆、歓喜に沸いた。


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