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1-30 淡海行幸 [アスカケ外伝 第3部]

年儀の会からの使者が来て、ひと月ほど後に、皇アスカ、摂政カケルが、タケルと縁の深い、紀の国、和泉、摂津、東国の主だった人物を連れて、淡海に入った。瀬多を上り、湖上にはたくさんの船が列をなして進んだ。
岸辺の郷の者は、皇アスカの顔を一目見ようと、船を出して、その列に加わり進んだ。遠く、蒲生の郷の山から見ると、まるで、湖を行く水鳥の大きな群れのようにさえ見えた。
大嶋の港では、島の民がこぞって出迎え、一行は館に入った。
館の大広間に入った一行を前に、タケルが挨拶をする。大広間の奥の御簾の中から、皇アスカが見守っている。
「此度、このようなこととなり、皆様には大変ご心配をおかけしました。淡海の皆様の御力で何とか命を取り留めることができました。ヤマト国の皆様には、ぜひとも、この淡海国と、深き縁を結び、安寧な世を作れるようご尽力いただきたく思います。」
「うむ。ご苦労でした。しっかり養生して下さい。もはや、淡海の国は、ヤマトの国々とは縁を結んだと同然。この先、伴に歩んで参りましょう。」
摂政カケルがタケルを労い、皆に挨拶をした。
タダヒコのもてなしで、宴が始まる。イカルノミコトや多賀の巫女長などのように、若い頃、難波津に縁のあった者たちが、淡海国のあちこちから集まり、久しぶりの再会を喜んだ。初めて会う者たちは、互いの国の様子や暮らしぶり、産物自慢などで話の花を咲かせた。
体の具合を気遣い、タケルはミヤ姫と伴に早くに部屋へ戻った。暫くして、皇アスカが、タケルの部屋を訪れた。アスカが部屋に入ると、ミヤ姫が床に手をつき深々と頭を下げ、涙ながらに言った。
「私が御側に居りながら、まことに申しわけございません。」
「謝る事ではありません。これは定めなのでしょう。」
アスカは笑顔を見せ答えてから、横になっているタケルの横に座り、そっと手を伸ばしてタケルの傷跡辺りに当てた。
「さあ、貴女も。」
と言うと、ミヤ姫の手を取る。アスカの首飾りが淡い光を放つと、ミヤ姫の鏡が呼応するように光始めた。二つの光が溶け合うようにタケルの体を包む。暫く穏やかな時が流れた。
翌日から、摂政カケルと皇アスカの一行は、淡海の国の郷を巡り、暮らしぶりや産物などを見聞して回った。
暖かい風が吹き始めた頃、伊香の郷に、男がひとり現れた。
「イカルノミコト様に是非お会いしたい。」
男はイカルノミコトの館の前でそう言うとバタリと倒れてしまった。それを聞いたイカルノミコトはすぐに館に戻った。
男は館の脇にある蔵の土間に寝かされていた。
イカルノミコトが蔵に入る前に、家人の男が言う。
「どこから来た者か、得体の知れぬ者です。お気をつけ下さい。」
毛皮に身を包んでいるものの、髪の毛や髭が伸び、手や足には凍傷の跡が残り、とてもまともな暮らしをしていた者とは思えなかった。
「私に会いたいと申すのはお前か?」
倉の入り口の戸が開き、光が差し込む。薄暗い蔵の土間、筵に横たわる男が声を聞き体を起こす。酷い身なりだが、眼光は鋭い。
「越の国が兵を起こしました。西へ向け進軍するとの事。」
声に聞き覚えはあった。
「お前、確か、蒲生の郷で悪さをした者だな。」
イカルノミコトが言う。
「はい。私はあの時イカルノミコト様に言われた事を心に刻み、命をお助けいただいた御恩に報いるためだけに生きて参りました。どうか・・お聞き届けいただきたいと存じます。」
「どこで生きて居ったのだ?」とイカルノミコトが訊く。
「峠で放たれ、山を下りました。ですが、もはや、越の国へ戻る事は叶わぬと考え、愛発(あらち)の郷に隠れ住んでおりました。かの地は、淡海と越の境、越に不穏な動きがあれば、いち早くお伝えできるのではと考えておりました。」
「それで・・。」
「はい、越の国が挙兵し、春を待ち、西へ向かうとの事。すでに若狭の国の郷へも兵を集めるようとの命令が出ております。淡海国にも禍いが及ぶのではと思い、お知らせに参りました。」
男は、イカルノミコトの足元で切々と話した。
それを聞き、イカルノミコトは訝しげな顔をして呟く。
「なぜ、越の国は西へ向け挙兵した?若狭も、丹後、但馬は越の国の支配下にあり、その先は出雲国の支配下のはず。何処と戦をするつもり・・・そうか、伯耆の国との戦という事か?」
イカルノミコトは、タケルが淡海国へ来た理由を、以前に聞いていた事を思い出した。
「何という事だ。一刻も早く、タケル様にお知らせせねば。・・お前、名は何という?」
「はい。クジと申します。」
「そうか、クジよ、よく知らせてくれた。ゆっくり休むが良い。・・そう言えば、ほかの者は如何した?」
「はい。一人は、角鹿の郡、笥飯(けひ)の郷へ入りました。もう一人は、挙兵を止めるため、越の王が居られる足羽山へ向かいました。王に逢うのは無理でも、何か手立てを考えたいと申しておりました。」
「そうか・・・判った。・・おい、誰か、この者を手厚く手当してやってくれぬか。身なりも整えてやってくれ。それと、すぐに、タケル様の許へ遣いを出すのだ。急げ。」

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