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或る兵士の話 [LOVE&PEACE]

その兵士は、明日から休暇のために、家族の許へ戻る支度をしていた。
彼の妻は、娘を出産したあと、一時、体調を崩し、娘とともに実家のある国境の町へ戻っていた。もう、娘は5歳になる。兵士は、毎年、娘の誕生日には、休暇を取り、家族とともに過ごしていた。
今年も、その時が来た。
去年の誕生日には、街で見つけたクマのぬいぐるみをプレゼントした。今年は、小さな人形を見つけた。きっと気に入ってくれるに違いない。兵士は、娘の喜ぶ顔を思い浮かべながら、カバンに詰めた。カバンの中には、妻へのプレゼントも入っている。
明日朝、国境を越えるバスに乗って、ようやく、家族の許へ帰ることができる。

彼が兵士になったのには、理由があった。
彼の生家は、農場を営んでいる。その農場は、父が一代で拓いたものだった。
彼は、3人兄弟の末っ子だった。農場は父一人でも、充分にやっていける規模だったし、農場の収入は厳しかった。長男は、小さい頃から父を手伝い、既に父の仕事を引き継ぐことになっていた。次男は、頭がよく政府の奨学金を受け大学に進み、役場で働いている。三男の彼は、体だけは丈夫だったので、建設業に就くつもりだった。だが、不景気でなかなか仕事がなかった。そこで、確実に収入が得られる軍隊に入ったのだった。
軍隊に入ってすぐに、遥か東方の辺境地に配属された。その後、幾つかの町を回り、国境の基地に配属されたのが6年ほど前。そこで、妻と知り合い結婚し、娘が生まれた。その頃は、隣国との関係は良好で、行き来するのに何の支障もなかった。だから、妻が妻が体調を崩した時、すぐに、妻の実家へ娘とともに戻ることを勧めたのだった。
基地から、国境の町までは車でほんの1時間。休暇の度にすぐに戻れる場所だった。

ようやく支度が整い、横になろうとした時、緊急召集が掛かった。
その兵士は、すぐに軍服に着替え、会議室に向かった。彼の所属する部隊にはざっと50人程の兵士が居る。夜遅く召集されるのは初めてだった。
会議室の椅子に座ると、部隊長のほか、大隊長達が、厳しい顔つきで座っている。
部隊長が、招集の理由を手短に説明する。
隣国の軍隊が、50km先に迫ってきている。かつては友好国であったが、政権が代わり、反目する事が増え、ついに、昨日、北部の国境を越えて、攻撃を仕掛けてきたというのだった。さらに、敵軍は、この国境の町にまで進軍をし始め、このままでは、我が国の安全が脅かされるというのだった。
その兵士は、すぐに、妻と娘の顔が、脳裏に浮かぶ。
二人は無事なのだろうか。
作戦はシンプルだった。早朝、戦車部隊が国境まで進行し、敵軍を攻撃する。同時に、空軍が爆撃を行うという。
その兵士と同様に、国境の町に家族がいる兵士は他にも居た。会場がざわつく。
部隊長は、兵士の動揺を抑えるために、国境の町の住民の様子を説明する。
敵軍は、住民を地下シェルターに押し込み、そこを包囲し、前線基地としている。地上の戦闘であれば、住民の命は守られる。この地上部隊が成果を上げることこそ、住民を守る事になるという。
その兵士は、以前、地下シェルターを見た事があった。工場跡地を利用していて、分厚い壁に守られている。小さな町であり、住民全てが非難する事は出来る規模だったはず。その兵士は、不安を少しでも小さくしようと、理由を見つけて、自分を納得させた。
会議の後、すぐに作戦が始まる。深夜のうちに、出撃のための準備が進められる。
戦車部隊が次々に基地の広い道路に現れ、整列していく。彼の所属は、歩兵部隊である。そして、彼は、部隊の中でも斥候の任務を持っていた。彼は、自動小銃を手に、トラックの荷台に乗り込んだ。

午前4時、ついに作戦が始まった。
基地を出て、国境の町へ進行していく。周囲はまだ暗い。ほんの10分ほど進んだところで、部隊が止まった。国境ぎりぎりの場所である。すぐそこに国境の町が見える。
地平線から、太陽が顔を見せると同時に、戦車隊の砲撃が始まったのと同時に、空軍機が爆撃を始めた。数機の空軍機は、国境の町の上空から、爆弾を落とす。大きな爆発音が聞こえると同時に、黒煙が上がる。戦車隊の砲撃は、町には届かず、手前の農地辺りに大きな土埃を上げる程度だった。
斥候である彼は、他の兵士たちとともに、小高い丘の上から、国境の町の様子を双眼鏡で見る。空軍機の爆撃によって、あちこちで黒煙が昇っている。反撃の気配はない。双眼鏡の倍率を最大にして、敵軍の様子を探る。だが、敵軍の姿を見ることができない。

兵士の部隊は前進を始め、ついに国境を越えた。
部隊長から指令が入る。
敵軍が反撃の準備をしている。さらに、攻撃を続け、このまま町へ入るという。
空を見上げると、空軍機が再び現れ、爆撃を始めた。町の至る所で黒煙が上がっている。
地下シェルターは持ちこたえているだろうか。
斥候役の彼は、双眼鏡を覗き込む。大きな建物はことごとく破壊されているように見え、黒煙に包まれている。
部隊長の指令では、敵軍が反撃の準備をしているというが、視界には敵軍の姿は全く入って来ない。本当に、敵軍が居るのだろうか。だが、彼は、その事を口にできない。軍の中では、上官の指示への反論や疑問は、軍の規律違反であり重罪に値する事を十分知っていた。
部隊は暫くその場にとどまり、空軍の爆撃が終わるのを待った。
部隊長から再び指令が来た。
空軍の爆撃で大きな損失を受け、西へ撤退した。我々の部隊は、敵軍を追い、さらに西へ進行するというものだった。
妻と娘は無事だろうか、その兵士は、軍用トラックの荷台で揺られながら考えていた。
国境の町までは、あと少し。周囲は、丘陵に広がる麦畑。太陽は登り、青い空が広がっている。

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