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水槽の女性-1 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

翌日の夜、一樹と亜美はレイとともに、港地区に向かい、午後10時を待った。
車の後部席で、レイは時間前から神経を集中し、思念波をすぐにキャッチできるようにした。しかし、それは途轍もなくエネルギーが必要だった。
じっと神経を研ぎ澄ませ、時間を待つ。10時を回った時だった。
「感じる!思念波を捉えたわ!」
レイは目を閉じたまま、じっと思念波が発せられる方向を探っている。
レイが指でその方向を指し示すと、一樹がゆっくりと車を動かす。
稼働している工場の灯りを抜けて、中央部の工場群から抜け出し、港地区の一番はずれ、周囲は開発後に放置されたような荒地が広がる一角に辿り着いた。目の前には、数年前に倒産した自動車部品の工場があった。すでに閉鎖されているはずだが、工場の入場門が開いている。静かに一樹は工場内に車を走らせる。
暗い工場の一角に、黒塗りの大型のバンが3台止まっている。ナンバープレートにはカバーが掛けられ、一見して怪しいと判別できた。
「ここ・・この地下に・・間違い・・ない・・わ・・。」
レイはそう言うと朦朧とした表情を浮かべて、後部座席で横になった。能力を使いすぎたのだった。
「おい!大丈夫か?」
一樹は外の様子を気にしながらも、声を掛ける。
「レイさん!しっかりして!」
亜美が強く手を握る。弱々しい力だが、レイも握り返し、消え入るような声で「大丈夫・・少し休むわ」と答えた。
「ここで待ってろ。見てくる。」
一樹はそう言うと、静かにドアを開け、車外に出た。薄暗い工場の中、できるだけ音を立てないように、入口を探す。黒いバンが停まっている近くのドアから、灯りが漏れているのが判った。一樹は静かに近づき、ドアの隙間から中の様子を探る。音は聞こえない。ゆっくりとドアを開くと、いくつかの機械が残された作業室のようだった。その先に、階段がある。地下室へ続く階段らしい。明かりが漏れている。一樹は、足音を立てないように近づき、階段を覗き込む。すると、急に工場内の灯りが一斉に点いた。気づくと、一樹は数人の男に取り囲まれていた。
「お待ちしていました。」
階段の下から、女性の声が聞こえた。一樹は訝しげな表情で取り巻く男たちを見る。男たちは特に乱暴するような表情はしていない。いや、むしろ、自分と同様の匂いすら感じた。
「さあ、どうぞ。」
取り巻く男の一人が、一樹を地下室へ向かうように促した。
その男が、腕を伸ばし階下を示した時、背広の脇に拳銃のホルダーをつけているのが見えた。それも、警察官が所持する拳銃だと一見してわかった。
一樹は促されるまま、階下に降りて行く。そこには、大型モニターや工場周辺に配置されたと思われる小さなモニターが整然と置かれていた。
「これは・・。」
一樹が呟くと同時に、画面の脇の暗闇から、女性が現れた。
背が高く、スリムな体型で、黒いスーツとタイトスカート、ロングヘア。そして、顔つきから、ハーフだろうと推察できた。
「やはり、特別な能力は存在したようね。」
その女性は一樹を見て、納得した様子で言った。
「いったいどういう事だ?」
一樹はその女性に訊く。
「外には、新道レイさんと紀藤刑事もいらっしゃるのでしょう?すぐにお連れして。」
女性はそう言うと、階段の方を見る。
数人の男たちが機敏に動き、ほどなくして、亜美とレイも地下室に入ってきた。
黒いスーツの男たちに取り囲まれ、一樹たちは抗う事を諦めた。いや、取り囲む男たちは、いわゆる「反社会勢力」ではなく、むしろ、こちら側の人間だと一樹は直感し、抵抗することは無意味だと判っていた。
「私は、警視庁特殊犯罪捜査課の、剣崎アンナ。一応、身分は警視。」
女性は、身分証を見せながら言った。
「橋川署刑事課の矢澤警部補。そして、紀藤警部補と新道ルイさんですね。」
女性の言葉は端的で無駄がなく、必要以上の事は話さない。
目の前の女性は、一樹たちがここへ来ることを予見していた。だが、ここで警視庁の警視が女性を拷問しているとは考えられなかった。
「どうして、警視庁がこんなことを。あの女性はいったい誰なんです?」
一樹が訊く。
「矢沢刑事の疑問は当然です。実は、あの女性は、映像だけの存在。ですが、フェイクではありません。実際、あの女性は監禁され、拷問の末、おそらく既に殺されています。」
剣崎の返答は少しわかりにくかった。それは、当の本人も判っているようだった。
「順を追って、ゆっくりとお話ししなければなりません。場所を変えましょう。さあ、こちらに。」
剣崎は三人を外に案内する。
外に留まっていた大型のバンの1台に乗り込んだ。
アメリカ製の黒塗りの大型バンの中には、剣崎と一樹、亜美、ルイの4人だけだった。先ほどの男たちは、剣崎の部下で、現場の撤収作業を行っているようだった。
バンの中には、PCやモニター、通信機器類が整然と配置された指令室のようになっていた。そして、その隣には、ソファーと机がある。
一樹たちはソファーに座る。剣崎は、指令室の様な場所にある椅子に腰かけた。
「では、経緯をお話ししましょう。」
剣崎は、机に置かれたモバイルPCを開く。
「ルイさんが思念波を感じたのは、この映像です。」
剣崎は、画面に女性が拷問される惨い映像を、大型モニターに映し出した。
「これは、半年ほど前、警視庁のサイバーテロ対策本部の一人が、ウェブの監視中に、偶然発見した映像です。いわゆる、闇サイトにアップされていたものです。」
「酷い!」
映像を目の当たりにした亜美が叫ぶ。

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