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水槽の女性-3 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「さて、新道レイさん。ここからはあなたとの相談です。この映像を頼りに、この被害者にシンクロし、何か新たな情報を提供していただくことはできるでしょうか?もちろん、あなたは一般人ですし、病院長もされているわけですから、捜査に協力できないと言われても仕方ないと考えています。ですが、この被害者は、このままではおそらく誰にも発見されず闇に消えてしまうでしょう。また、同じような被害者が出るのは否めない。これ以上、被害者を生まないために、あなたの能力をかしていただけないでしょうか?」
剣崎は、レイの手を握り、真剣なまなざしでレイに話しかける。
その時、レイの頭の中に、何か突き刺さるような感覚があった。そして、それは、剣崎本人から向けられているものだと判った。これは、レイ自身がキャッチした思念波ではない。おそらく、剣崎が発している特殊な思念波だった。
『け・・剣崎さん・・これは・・。』
レイは、剣崎の思念波にシンクロして、強く呼びかける。予想通り、剣崎から反応があった。
『わたしには、自分の意志で、思念波を発する能力があるの。・・至近距離なら、相手の中に入り込める。』
『この力を使って捜査を?』
『いえ・・この力は誰も知らない。あなたの様に思念波をキャッチできるからこそ、こうして話す事もできる。私もこの力のせいで、随分つらい目に遭ってきたわ。憎しみや蔑み、嘘、裏切り、知らなくても良い事がすべて判ってしまう。あなたなら分かるでしょう?』
剣崎がレイの手を離すと、突き刺すような思念波も消えた。
剣崎の特殊能力は、触れた相手の心の中が読めるというものらしかった。この間の、二人のやり取りは一樹や亜美には判らない。
「少し、考えさせてください。」
レイは小さく答えた。
「レイさん!」
レイの答えに亜美は驚いた。
「止めた方が良い。また、辛い思いをすることになる。」
一樹も反対する。
「そうね・・突然の事ですし、病院長の仕事も大変でしょうから、考える時間も必要でしょう。」
剣崎は何か急にあっさりとした態度に変わった。
「矢澤さん、紀藤さん、あなた方はすでに特殊捜査課の一員ですから、明日朝、この場所へ来てください。この間の事件の経緯をもう一度説明します。」
剣崎はそう言うと、一樹と亜美、レイを解放した。
車外に出ると、大柄で屈強そうな男が一人立っていて、一樹たちと、入れ替わりにトレーラーに乗り込んだ。そして、ゆっくりと動き始め、港を出て行った。
港の道路には、一樹たちの車が置かれていた。
一樹と亜美、レイは自分たちの車に戻ると、誰ともなしに大きな溜息をついた。
一樹は、予想していたものとは随分違い、この廃工場で忌まわしい事件が起きていなかったことに安堵しつつ、剣崎が話した闇サイトの犯罪に関しては、何か底知れぬ恐怖を感じていた。亜美は、レイが再び、事件の渦中に巻き込まれる事に対して、刑事である自分たちのせいだと後悔していた。
レイは、剣崎とのやり取りで感じた、独特な感覚を思い出していた。これまでは、突然生まれる「悲鳴のような思念波」をキャッチしていたのだが、剣崎とは何か、自らも癒されるような不思議な感覚であった。そして、それが、昔、母に感じていたものと似ているとも思っていた。
「レイさん、どうするの?」
亜美が不意に訊いた。それを聞いて、一樹がやや怒り気味に言った。
「駄目だ!いくら特殊な力があるからって、巻き込まれる筋合いはない!今回の相手は得体のしれない奴なんだ。見ただろう?あれは常軌を逸した奴の犯行だ。それの捜査にレイさんを巻き込むなんてありえない!」
「矢澤さん、亜美さん、心配してくれてありがとう。・・でも・・私、協力します。この能力が被害者を救うことになるなら・・・。」
「だが、もう、あの女性は死んでいるに違いない。今更、救えやしないさ。」
一樹は不承知とばかりに言い放つ。
「ええ、あの女性はもう亡くなっているでしょう。私は医者です。彼女の状態がどれほどのものかは判ります。ただ、被害者は彼女だけなのかどうか・・・もっと、多くの被害者が生まれるかもしれません。一刻も早く犯人を突き止めることが大切でしょう?」
レイの言い分は正当だった。そして、それは、一樹や亜美こそが考える事でもあった。
「しかし・・・」と一樹は黙った。
「レイさん、今までの事件とは全く違うのよ。どんな相手かさえ判らない。レイさんに危害が及ばないとも限らない。いえ・・きっと、犯人を追い詰めれば追い詰めるほど、レイさんに危険が迫る様な気がするの。」と亜美が言う。
レイは、一樹や亜美が自分の安全を気遣っている事は充分すぎるほど判っていた。だが、剣崎アンナの傍にいる事で何か救われるのではないかという感覚が強くなっていて、そのために捜査協力する事はレイにとって十分すぎる理由になるのだった。
「でも・・やっぱり、私、協力します。あの映像に、もっとシンクロすれば、何か手掛かりが掴めると思うんです。」
レイの意志は固まっているようだった。
「わかった。・・明日、剣崎さんにそう伝えよう。だが、レイさんの安全が第一だ。僕と亜美がレイさんの護衛になるのが条件だ。良いね?」
一樹は、そう言うと車を病院へ走らせた。レイを病院裏の自宅に送り届けた後、一樹と亜美は紀藤署長のところへ向かった。もう深夜近くになっている。
「きっと、まだ、署にいるはずよ。」
亜美は助手席でぼんやりと外を眺めながら言った。

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