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4-6 忌まわしき事件 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「亜美さん、これは?」
りさが、その経歴書を見ながら言った。
りさが示したのは、ファイルの中の役員の経歴を記したものだった。おそらく、登記の際に用意したもののようだった。
りさが、その書類をテーブルの上に並べた。
十人程の書類。大半は官僚の経験がある者ばかりだった。
「やはり、ここは霞が関とも繋がっているようね。」
亜美が、書類を見ながら言った。
「ええ・・ただ・・。」
りさは別のところに引っかかっているようだった。
「どうしたの?」
亜美が訊く。
「十人のうち、五人が、磯村常務と同じ大学の出身なんです。」
「まあ、先輩が後輩を誘って会社を作ったとか、ある種、学閥みたいなものなんじゃないの?」
「そうかもしれません。でも、この大学って・・。」と、りさが大学名を指さす。
「黎明大学・・。まさか・・」と亜美。
「ええ、そうなんです。黎明大学・・レイさんのお母様、ルイさん、そして、神林教授と同じ大学なんです。」
亜美と一樹の頭の中で、忌まわしい記憶と今回の事が強く結びついてしまった。そして、再び、そこにレイを巻き込んだ事に深い後悔の念を抱いた。
「まさか、IFF研究所が神林教授と繋がっていると言うの?」
亜美は、りさの余りに突飛な発想に驚いて訊いた。
りさは、MM事件のあと、レイとともに新道家に匿われていて、レイや母親のルイから、忌まわしき事件の経緯は知っていた。特に、家で過ごす時間が長いルイからは、神林との出会いやその後もしっかりと聞いていた。
「ルイさんの特殊な能力は、神林教授によって、増幅されてしまったものだと聞きました。もちろん、遺伝素因も大きいようですが、それを更に増幅するための薬品開発も進められていたのだとも聞きました。もしかしたら、IFF研究所はその研究もしていたのではないでしょうか?」
りさは真剣な表情で言う。
「あれは、神林教授によるものだった。全て終わったはずよ。」
亜美が言う。
「確かに、あの事件は神林氏の逮捕で幕引きとなった。だが、それは、橋川市で起きた事件の犯人が神林氏だったということ。確か、大学の研究室には、その研究を知る者は他にもいたんだろう。研究の成果を誰かが盗みだし、神林氏も知らないところで続けられていたとしたらどうかな。」
一樹が二人の話を聞きながら、一つの可能性を口にする。
「イプシロン研究所・・。」
不意に思い出したように、亜美が呟く。
「確か、アメリカのイプシロン研究所に、権田氏は赴任したはず。それに、ルイさんも・・そこでの研究は思うように進展しなかったと聞いていたけど・・誰かが引き継いでいたというの?。」
「ああ、そういう可能性はある。もしかすると、F&F財団も、関連のあるところかもしれないぞ。」
いきなり、いろんな可能性が広がり、三人の思考は少し混乱しているようだった。
だが、全ては仮定の話である。「黎明大学出身」というだけで繋がっている、極めて不確かな推測でしかなかった。
「もう一度、全ての役員の素性を洗いましょう。」
亜美はそう言って、パソコンを開き、ネット上に散らばっている情報を集め出した。
その時、ベッドルームから剣崎が姿を見せた。すぐにアントニオがコーヒーを淹れて、剣崎に差し出した。
剣崎は、テーブルに散らばっている書類をぼんやりと眺め、テーブルに貼り付く様にパソコン画面と格闘している亜美を見た。
「何か、進展があったみたいね。」
剣崎はそう言って、コーヒーを一口飲むと、ソファにゆっくりと腰かけた。
これまで、三人で話してきた仮説について、一樹が剣崎に説明した。
「ふうん・・なるほどね。」
剣崎はそう答えると、自分のモバイルパソコンを開き、データを検索し始めた。
「F&F財団について、FBIや政府まで関与しているとなると、正面からでは情報が取れないと思って、アメリカの友達に調査してもらったの。」
剣崎はそう言うと、モバイルパソコンの画面をモニターに転送した。
「あなたたちが言っている、イプシロン研究所って、F&F財団の一部門だったようね。随分、古い部門ね。20年近く前に廃止されている。」
その画面には、大きな組織図が映っていた。
「20年前って・・じゃあ、ルイさんが日本に戻ってから、数年後には廃止されたという事ですね。」
亜美が言うと、「そうなるわね。」と剣崎が答える。
「IFF研究所が設立されたのは、ほんの十年ほど前ですから、イプシロン研究所とは繋がらないと考えても良さそうですね。」
一樹が言うと、剣崎が言う。
「そうじゃないかも。イプシロン研究所が廃止されて、すぐ後に設立されたのが、マーキュリー研究所。さらに、その後、名前を変えて、マーキュリー学園になった。表向きは、身寄りのない子供たちのための学校よ。」
「まさか・・。」と一樹。
「ええ、そう。このマーキュリー学園に、マリアは収容されていた。そして、マーキュリー研究所には、私がいたのよ。」
剣崎の言葉に、三人は驚いた。
「これは、私見の範囲だけど・・一つの研究所で何らかの成果が生まれると、次の研究所へ引き継ぐというやり方を、F&F財団は持っているのではないかと思うの。イプシロン研究所は神林教授の研究結果をベースに仕組みの解明を進め、マーキュリー研究所が次のステップでその理論をもとに具体化するメソッドの確立、そしてマーキュリー学園が第3段階で実証。そんなふうにして来たように思うの。マーキュリー研究所では、いろんな実験が行われていた。私も実験台となっていたから。」
「実験台って・・。」と、りさが呟く。
「特殊能力が明確になると、訓練を受けて、特殊機関へ送られる。能力を活かした任務が与えられ、特殊工作に着くの。要人の殺害という任務もある。そして、その任務に失敗すると、消されるわ。成功しても、永遠に存在しない人間、レヴェナントとして生きるほかないのよ。」
剣崎は少し悲し気に言う。
「剣崎さんはレヴェナントにはならなかった・・どうしてですか?」
りさが訊く。
「私の能力は、サイコメトリー。特殊工作には不向きだっただけ。だから、FBIへ送られ、事件捜査のための要員とされたのよ。幸運だったのかもしれないわね。」
「幸運だった・・なんて。」
りさは、自らがMM組織で訓練を受けていた頃を思い出していた。突然、拉致され、家に戻ることを諦め、組織の中で生き残るために、感情など殺して生きていた。あの頃の自分と剣崎を重ね、悲しみやくやしさが湧き上がっていた。
「過去のことよ。」
剣崎が少し感傷的な言い方をした。
「やはり、神林教授と繋がっていたということでしょうか?」と、亜美が訊く。
「直接的なつながりはないでしょうね。ただ、神林教授の研究やルイさんの存在が、F&F財団の基になっているのは確かでしょう。ひょっとしたら、F&Fだけじゃなく、他にも同じような組織が存在しているかもしれない。・・でも、全て、神林教授やルイさんのせいじゃないわ。しっかり、切り離して考えましょう。」
剣崎が言うと、亜美とりさは頷いた。
「私は、りささんと一緒に、一度、橋川へ戻ります。ルイさんから話を聞き、神林教授の過去と、F&F財団に何らかのつながりがないか調べてきます。」
亜美はそう言って、橋川へ戻る準備を始めた。りさも同様に準備に入った。

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