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5-1 ケヴィンという男 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

レイは、見知らぬ部屋で目を覚ました。手足は結束バンドで縛られ、ソファに横たわっていた。
「ようやくお目覚めですか。」
椅子に座り、足を組み、じっとレイを見つめている男性が声を掛けた。拉致された時、ぼんやりとした意識の中に、この男の顔があったのを思い出した。周囲に人の姿はなかった。
「能力は使わないでください。あなたの方が苦しむことになりますから。」
男は、少しばかりの笑みを浮かべて言った。
駅の北口に出てきた時、レイは急に体が動かなくなり、意識が薄れていったのを思い出す。意識を奪われたという感覚だった。
「賢いあなたなら、どういうことか判るはずです。」
「マニピュレート?」
「ええ、マリアと同じマニピュレーターです。あなたを自殺に追い込むことなど簡単にできるのです。判りますね。」
男は立ち上がると、レイの結束バンドを切り、体を自由にした。縛られた跡が少し痛む。
「これ以上、手荒な真似はしたくないのです。いや、我々は、あなたを守るために来たというべきなのですから。」
男は、そう言って、レイの横に座る。
「私は、ケヴィン。」
男はそう名乗った。
「本当の名前はもう忘れました。幼い頃には、あなたと同じようにちゃんとした名前もあり、両親もいた。ごく普通の中流家庭でした。しかし、ある日突然、特別な能力を持っていることが判り、人生は一変しました。」
ケヴィンと名乗る男は、自分の過去を語り始めた。
彼の生まれた街では、十歳の夏になると、州主催のインディペンデント・キャンプに参加することが恒例行事となっていた。3週間、山奥のキャンプ地に行き、レンジャー部隊の指導を受けながらサバイバルのような体験を通して、自立心を養うものだった。子どもたちは、5人程のチームに分かれて、飲み水や食料調達、火起こし、寝床作り、野生動物からの防護術など、生きていくために必要なあらゆることを身につけることになっていた。指導するレンジャー隊員は、命の危険がない限り、手出しはしない。
十日ほど経った頃には、参加した子どもたちは、精神的にも肉体的にも随分追い詰められるほど過酷なものだった。
「そんな時、チームの中で諍いが起きました。原因は、はっきりしませんが、一番、体の大きい、ジェイソンという奴が、ひ弱なクリスという奴をいじめ始めたんです。」
ケヴィンは、忌々しそうな表情で言った。
「皆、疲れ果て苛立っていて、そういうことに関わりたくない雰囲気になっていました。私も、あまり強い方ではなかった。当時は、正義感という事はあまり考えていなかった。だからじっと見て見ぬふりをしていたのです。だが、それはどんどんエスカレートしました。二日ほど経った頃、弱虫だった奴はついに我慢しきれなくなって、自ら崖から飛び降りて死にました。」
まだ、この男が特別な能力を持っていることに気付くまでには至らない。幼い時の思い出話のようだった。
「キャンプで子供が死ぬなんてあってはならないことです。だから、指導役のレンジャー部隊の隊長は、不運な事故として処理しようとしました。隊長は、すぐに、私たちのチームのところへやってきて、恐ろしい表情で、あれは事故だったと念を押しました。真実を話せば、身の安全は保障されないということをその時感じました。それから、キャンプ場にいた50人程の子どもを集め、哀しい事故が起きたと話したのです。他の子どもたちは隊長の話を信じました。」
事故が起きたのでキャンプは中止となり、皆、帰り支度を始めた頃、彼の中に、悍ましく憎しみや恨み、怒りのような感情が湧いてきた。抑えようとしてもどうにもならないほどだったようだ。
「そこから先の記憶はありません。気が付くと、レンジャー部隊の隊員は、皆、血まみれで死んでいました。そして、レンジャー部隊の隊長も自らの喉を裂いて死んでいたのです。」
そこまで聞いて、レイはようやく、この男の特別な能力を理解した。
「あなたが、隊長を操り、隊員を殺し、自らの命を絶つようにしたんですね。」
「ええ、どうやら、そのようです。自分には記憶はありません。すぐに州警察のポリス達が多数やってきて、現場は大混乱になりました。ただ、目撃した子どもたちは、隊長が隊員を殺したことを証言し、私に嫌疑が掛かることはなかったのです。」
「あなたはその時に自分の能力を?」
レイが訊く。
「いえ、違います。キャンプから戻ると、父や母、近所の皆が、温かく迎えてくれました。誰ひとり、キャンプでの惨事は口にしませんでした。それから、暫くは、何事もなかったような日々が過ぎました。しかし、ある日、突然、FBIを名乗る男数人が家に来ました。そして、父や母と何か話し込んでいました。」
ケヴィンの表情が急に険しくなった。
「まさか、あなたの能力をFBIが気づいたというんですか?」
「判りません。ただ、その日から、父や母が、私を避けるようになったんです。」
「理由は聞かなかったんですか?」
レイが訊くと、ケヴィンは首を横に振った。
「理由を確かめたい気持ちは強くありました。でも、それがあの事件と関連しているのなら、チームの一員が自ら命を絶つまでに苦しんでいるのを見過ごしてきた、自分の罪を認めることになる。だらか、怖くて聞けませんでした。」
ケヴィンの言葉から深い後悔を感じられた。
「それから?」と、レイは訊く。
「ある日、我が家が火事になりました。原因は判りません。一気に燃え広がり、父と母は逃げ遅れて命を落としました。突然、孤児となった私は、ある施設に引き取られることになりました。」
レイは、マリアが施設から脱走したことを知っている。そして、その施設が特殊な能力を持つ子供たちを収容し、日々訓練しているところだということも聞いていた。
「まさか、マリアさんがいた施設ですか?」
「ええ、私がいた当時は、まだ、研究所でした。そうそう、そこには剣崎さんもいました。きっと、彼女は私の事を知っているはずです。」
剣崎とケヴィンが同じ研究所にいたというのは初めて聞いた。
「その施設で、特殊な能力があることを知らされたんですか?」
レイが、同情するように訊いた。
「ええ、そうです。思念波に入り込み、人を操ることができる、マニピュレートという能力でした。レイさんの思念波にも入り込み、あなたを動けなくしました。」
レイはあの時の感覚を思い出した。
自分の意識が全く別のところに追いやられ、抵抗する事も出来ず、体を全て乗っ取られたような感覚だった。
「ただ、レイさんの思念波に入り込んだ時、私は驚きました。あなたの中に入ると同時に、あなたは私の中に入ってきた。あなたを操っているはずなのに、自分の意思はどこにあるのか、戸惑うような感覚がありました。あんな感覚は初めてでした。」
レイの能力はシンクロである。思念波をキャッチし、それに寄り添う。相手を動かすことはできないが、相手の意識と統合して一つの存在になれる能力だった。
「シンクロの能力を私は侮っていました。思念波に入り込み、操ることができるマニピュレートに比べて、相手の思念波とシンクロするだけでは、大して、役に立たないのではないかと思っていたんです。でも・・。」
ケヴィンは、レイを拉致した時の感覚を思い出し、小さく身震いした。
レイも自らの能力について、深く考えた事はなかった。
初めは、人の感情が色のある光として見える程度だった。だが、徐々に、その人がどこにいてどうしているのか、シンクロする事で相手の視覚や聴覚を通じて状況を把握することができる事を知った。
そして、剣崎と出逢ったことで、それは双方向の感覚だという事を知った。自分が考えていることを相手に伝えることができる。
さらに、それは、たとえ相手がそこにいなくても、残された思念波の残骸にシンクロすることができ、そこで何が起きたかを知ることもできる。考えてみると、能力は徐々に可能性を広げているようだった。そして、ケヴィンから、相手と一体化する能力だと聞かされ、自分の能力に恐怖を感じていた。

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