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2日目⑦賤ケ岳トンネル [琵琶湖てくてく物語]

飯浦の信号まで出ると右折し、国道沿いを歩く。道路は広いのだが、歩道らしき部分がない。敦賀と長浜を結ぶ道路は、大型トラックが頻繁に通る。少々、危ない思いをしながら歩いていくと、分岐点があった。左に行けば、賤ケ岳の峠道、左はやや上り坂ながら直線道路。トンネルは避けたいが・・と思い、Googlemapを開くとどちらもトンネルがあった。
ここは、やはり国道かな・・。
303号線を選んで、トンネルに入る。
岩熊トンネルで轟音は体験済みだったが、ここは、さらに厳しかった。何と言っても、歩道がほとんどないに等しい。50㎝くらいだろうか、妻と二人、前後になって黙々と歩く。
賤ケ岳トンネル、全長850m。
車で走ればあっという間だが、歩くと15分くらい掛かる。15分は長いか短いか・・。綺麗な景色で太陽を浴びながら歩くのなら、15分なんて気にならないだろう。
だが、トンネルの隙間から染み出ている水が歩道に溜まっていて、足元は悪く、さらに、照明はついていても足元はおぼつかない。何より、騒音。いや、騒音ではなく、爆音だ。
とにかく、一刻も早くこの地獄のような空間から抜け出したい。
その一心で黙々と歩く。
ここは、ビワイチ(自転車)のコースにもなっているのかなと思いながら歩く。
耳を塞ぎ、とにかく、出口の灯りを目指して歩く。
10分ほど歩くと前方に光が見えた。
車で通過している人にはどんなふうに見えるのだろう。
「おい、人が歩いているぞ!」
「物好きだね」
「馬鹿じゃないの?」
等と言われているのかもしれない。確かに物好きなのかもしれないが、まあ、皆さんに迷惑をかけているわけじゃないので大目に見てくださいな。
そんな事を思いながら、ようやく出口に着いた。
太陽の光が、幸せを感じさせてくれた。
ここから木之本駅まではもう僅かの距離だ。
気を取り直して、歩く。
ふと前方に、「賤ケ岳古戦場」の看板を見つけた。余り歴史に詳しくない私でも「賤ケ岳の戦い」は知っている。羽柴秀吉と柴田勝家の戦いだ。
「リフトがあるみたいね。」
妻が小さな看板に気付いて言った。ここは何度も通った道だが、知らなかった。
看板は出ているが、国道からはリフト乗り場が確認できない。今回は、「琵琶湖てくてく」なので、立ち寄るのはまた別の機会にしようと言い、先を急ぐ。
もともと、今回はこんなところまで来る計画ではなかった。早々に、近江塩津駅から帰路に着いていたはずだったのだ。
後日、秋口に賤ケ岳リフトに行ってきた。大木が生える山中を切り開区形でリフトがあった。それに乗り山頂(?)まで行くと、展望広場があった。北には余呉湖、南には琵琶湖。古戦場跡なので、解説の看板もあった。
遠く、敦賀までの範囲で、羽柴秀吉軍と柴田勝家軍が戦を繰り広げた場所。各武将が山々に砦を作っていたことが記されている。だが、ちょっと不思議だ。山深い場所での戦とはどういうものだったのだろう。大河ドラマ等では、平地や丘の様な描写は見るが、こうした山中の戦いはあまり目にしたことはない。だいたい、こんな山中で戦になったのか、敵と出くわす事すら難しいのではと思ってしまった。

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