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4-4 磯村健一 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「あのこととは?」と亜美が訊く。
「IFF研究所の事件のことかと・・」
「IFF研究所の事件って、一体、何かあったのでしょう?」
ここまでの捜査で、富士FF学園やIFF研究所に関わる事件は、全く浮かんでいない。大きな事件であれば新聞でも報道されているはずだが、亜美も、りさも、全く知らなかった。
「いったい何があったんですか?」
亜美が磯村健一に改めて訊ねた。
「いや、なにがあったというわけではないんですが・・。」
磯村健一は、どこから話せばよいのか迷っている様子だった。
「私は、当時、IFF研究所の一職員でした。父が常務理事だったので、いわゆるコネ入社です。前職は教員でしたが、いろいろあって退職したのを機に、父のコネで入社して、書類整理などの雑用をしていました。」
磯村健一は、落ち着いた口調で、柔らかな笑顔で、はっきりとした目鼻立ちをしていて、大手企業の管理職くらいにみえるのだが、実際はどうも違うようだった。
「IFF研究所というのは、どういう会社なんですか?一体何の研究をしていたんでしょう。」
りさが訊ねる。りさは、IFF研究所に、あのMMという組織と同じ匂いを感じていた。
「さあ、一体、何を研究していたんでしょうね。よく判らないんです。」 
磯村健一は、本当に知らないようだった。
「よく判らないって・・そんな。処理整理などをされていたのなら、ある程度、内容はご存じだったのではないですか?」
りさが重ねて訊く。
「書類整理はしていましたが、殆んど、経理関係の書類でした。収支は安定していました。研究所の収入は、大半が寄付金でした。」
「寄付金?」
今度は亜美が訊く。
「ええ、いろんな会社や財団。個人からもありましたが、ほとんどは、少額なところばかりでした。高額な寄付金は、確か、アメリカの財団からでした。たしか、F&F財団だったと思います。時々、その財団から研究所に視察に来ていました。」
「F&F財団?」と亜美。
「ええ、確か。そこも何か研究機関だったように思います。視察に来られた時、研究員が対応していましたから。」
亜美は、すぐに『F&F財団』を検索した。ネット情報では、F&F財団は、IFF研究所が閉鎖された同じ年に解散していた。
「研究員が居たのなら、研究資料とか残っているんじゃないんですか?」
りさが訊く。
「いえ・・それが・・。」
磯村健一はそう言うと、テーブルに置かれたコーヒーを一口飲んだ。
「実は、2年前、研究所で火災が起きたんです。研究員が焼身自殺を図り、それが引火して、研究所は全焼しました。」
「研究データはどこかに保存されていなかったんですか?」
りさが訊く。
「実は、研究員3人が全て、データを消去し、サーバーも破壊して、研究記録は全て失った状態で、焼身自殺を図ったんです。施設中にガソリンをまいて、爆発的な火災だったようです。」
それ程の火災事故であれば、当然、記録されているはずだと考え、亜美は警察のサーバーにアクセスして記録を調べてみた。確かに建物火災はあったようだが、磯村健一が話すような焼身自殺等の記載はなく、漏電による失火とされていた。
「本当ですか?警察の記録では、漏電による失火となっています。焼身自殺など記載されていませんよ。」
亜美が言うと、磯村健一は少し悩んだ顔を見せてから言った。
「おそらく、記録に残せない理由があったんだと思います。」
磯村健一の答えを聞き、りさは、さらにMMの組織に近い存在に違いないと確信を得た。
「火災のあと、すぐに、研究所は閉鎖されました。IFF研究所も登記を抹消するはずだったんですが・・理事長を始め、役員にも問題が発生してしまって・・・。」
磯村健一が言わんとする事はすぐに判った。
「理事長、副理事長が相次いで死亡、さらに、磯村常務も正気を失った状態では、役員会も開けず、手続きも進められなかったという事ですね。」
亜美が言うと、磯村健一は頷いた。
きな臭い話ではあるが、当事者のほとんどが居ない今、これ以上のことを調べるのは難しいのではないか、亜美はそう考えていた。
「それで、磯村さん、確か、あなたは私たちが伺った時、私たちが知りたい情報をもっていると話されていましたが・・。」
亜美は、目の前のコーヒーを一口飲むと、磯村健一に改めて訊ねた。
「ええ、これなんですが。」
磯村健一は大事そうに抱えてきた鞄の中から、分厚いファイルを取り出した。
「火災が起きる三日ほど前、父はカバンを私の車に置き忘れていたようで、火災事故のあとに、見つかったんです。」
亜美とりさは、健一が差し出したファイルを開いてみた。
ずいぶんたくさんの資料が綴じられていた。書類の半分ほどは手書きで、かなり古いものではないかと判断できた。1枚1枚開きながら、読み進める。IFF研究所設立に関わる書類のようだった。
資金調達の方法や予算書、建物選定の経緯などの計画書等であった。研究内容に関わるものはないかと亜美とりさは読んでいくが、肝心な部分は見つからなかった。
「あら、これは?」
ファイルの中ほどの書類に、小さな封筒が挟まっているのが見つかった。セピア色に変わっていて、所々にシミまでついていて、かなりの古さではないかと思われた。中から小さく折りたたまれた紙片が出てきた。開いてみて、亜美も、りさも驚いた。
その紙片には、生方が送った極秘情報に含まれていた解読不能な暗号文と全く同じものが記載されていたのだった。剣崎が指摘した「勝」の記号まではっきりと判ったからだ。
「これは?」
亜美が紙片を健一に見せて訊ねる。
「いや・・こんなものがあったとは・・判りません。初めて見るものです。」
「このファイル、お父様が車に置き忘れたものでまちがいありませんか?」と、亜美が訊く。
「ええ?どういうことです?」
磯村健一は、亜美に訊き返す。
「危険が迫っている事を察知して、重要な書類をあなたに託したのじゃないかしら?」
「危険が迫っている事を父は知っていたという事ですか?」
「おそらく、そうでしょう。もしかしたら、あなたをIFF研究所に入社させたのも、それが理由なのかもしれませんよ。」
「いや・・それは・・・父はそれほど私を信用していなかったと思いますから・・。」
「そういう関係だからこそとは言えませんか?」
「信用していなかったから?」と健一。
「あなた本人がそう思っているからこそ、重要な書類をあなたに託しているとは誰も考えない。研究所は全焼、研究資料は全て破壊されている。ここの存在を暴かれたくない誰かが仕組んだ事故と考えると、それを守るためにお父様は、重要な記録を隠しておきたいと思ったのではないでしょうか。」
亜美は推理した。少し、突飛な部分はあるが、りさも十分理解できた。
「この書類、預からせてもらってもいいでしょうか?IFF研究所が何をしていたところか、どうして事故が起きたのか、仕組んだのは誰か、しっかり捜査しますから。」
亜美が磯村健一へ言うと、
「私も、事故の真相を知りたいのです。IFF研究所はまともなところではないのは、薄々わかっています。父も何らかの悪事に加担していたのだと思います。それでも、今の父を見ていると、余りにも不憫で。真相が判れば、もう少し、父の事をが理解できるように思います。是非、お願いします。」亜美とりさは、磯村健一からファイルを預かると、カルロスの車で、十里木にいる剣崎の許へ一旦戻ることにした。

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