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6-5 長浜 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

翌朝、亜美とリサは、磯村氏の実家のある長浜市へ向かった。
東名から名神、そして北陸道を使って、木之本インターまで向かう道程で3時間ほどを要する。
「マリアを保護するためなのに、何だか随分遠回りをしているような感じね。」
ハンドルを握る亜美が呟く。
「ええ・・でも、マリアさんの件では、もっと何か、知らなければいけないことがあるように思います。MMの時のように、単純な事件じゃなくて・・。」
と、リサが答えた。
「そうね。・・剣崎さんたちはどうしてるのかしら?」と亜美。
思えば、十里木高原を出てから、数日が経過していた。その間、特に連絡をしていなかった。拉致されたレイの安否も判らないままだった。
養老サービスエリアで運転を代わり、亜美は剣崎に連絡をした。
「どうですか?何か動きはありましたか?」
「いえ何もないわ。」
十里木高原でマリアの動静を監視している剣崎も、少し、しびれを切らしている様子だった。亜美は、これまでに判ったことを纏めて報告した。
剣崎からは、レヴェナントの動きを気にしながら、同じ場所で監視を続けている事が伝えられた。
「レイさんの行方は?」
亜美が訊く。
「いえ、あれから、カルロスが駅前の防犯カメラや、レイさんが乗せられた車の行方を調べているけど、特に進展はないわ。」
「一樹は?」と、亜美。
「もう大丈夫。アントニオと交代で様子を見ているわ。」
「遠回りをしているようですが・・。」と、亜美が言うと、「いえ、きっと、今回の事件を解決するには、IFF研究所の正体も突き止めておかなければいけないはず。しっかり調べて。」
剣崎はそう言うと、電話を切った。
木之本インターを降りて、国道8号線をさらに北へ向かう。
「この辺りですね。」
ナビに居れた住所地、石室地区に到着した。
周囲には、山に沿うように小さな集落が幾つかある。過疎地となっているようだった。集落の一つにある住民センターに車を停めて、周囲を歩く。
山際に大きな屋根を持つ寺が見えた。住民センターからその寺まで一本の道が続いていて、大半の住宅はその道筋に立っていた。人影はない。
一軒ずつ、表札を見ながら一本道を進むと、『磯村』という表札を見つけた。門の中に建つ家は殆んど朽ちている状態で、長く人が住んでいないことを示していた。
「おそらく、ここが磯村氏の実家ね。」と亜美。
「寺へ行ってみませんか?昔のことが判るかもしれません。」
とリサが言い、二人は、寺へ向かった。
目指す寺は、道から一段高い所に建っていた。石段を上ると山門があり、それをくぐると石畳が本堂まで伸びている。左手には鐘楼があり、右手に庫裡と宿坊があった。その奥に、住職の家が建っているようだった。
門を入ると、住職らしき人物が本堂に座っていた。
「あの、済みません。お伺いしたいことがあるのですが・・。」
亜美は警察バッジを見せながら声を掛けた。
住職はゆっくり立ち上がり、振り返る。随分と、高齢のようだった。ゆっくり本堂から出てくると、
「済まんが・・近頃、体の自由が利かなくなってしまってなあ・・、座らせてもらうぞ。」
そう言って、回廊の端に座った。
「あの、この村の出身の、磯村勝さんという方をご存じでしょうか?」
亜美は少し、大きな声で住職に尋ねた。
「ああ・・・体は弱っているが、耳は達者だ。普通に話してもらって構わんよ。」
亜美は少しばつの悪そうな表情を見せ、改めて訊ねた。
「この村に磯村勝さんという方が住んでいたと思うのですが、御存じでしょうか?」
住職は少し考えてから、ゆっくりとした口調で答えた。
「ああ、確か、そういう名の者は居た。だが、若い頃に出て行った。まあ、この辺りの若い者は、村から出て行くのは当たり前になっているんだが・・。」
「身寄りの方は?」と亜美。
「いや・・もう居らんな。」
住職はそう言った後、ふと何かを思い出したようだった。
「あ、いや・・そうだった。勝は、一度、戻って来た。仕事を首にされたと言って・・。暫く、生家に住んでいたが、知らぬ間に姿を消した。また、都会に出て行ったんだろう。」
「それはいつ頃ですか?」とリサが尋ねた。
「そうだなあ・・あれは・・・ずいぶん昔だな。30年いやそれより前かも知れんな・・。」
住職の話の信ぴょう性は別にして、時間的には、神林教授の研究所が閉鎖されたころと合致する。
「どんな方だったんでしょう?」とリサ。
「まあ、神童と呼ばれるほど頭が良かった。母と二人暮らしだったから、家の手伝いも良くやっておったし、真面目だった。将来は大学の教授になるだろうと、母御も話して居ったのじゃが・・。」
「お母様はどうされていますか?」と亜美。
「勝が大学に行った春に重い病気が見つかった。勝が卒業すると同時に、亡くなった。」
天涯孤独の身になったということだった。彼の生死を心配する者は居ないということになる。
「おお、そうじゃそうじゃ。勝の母御には、もう一人息子が居った。」
住職は驚くべきことを口にした。勝には兄弟がいたということか。
「まあ、息子といっても、育てていたわけではないからな。」
そういうことか判らず、亜美が眉をひそめて、「どういうことです?」と訊く。
「勝の母御は、出戻りだった。嫁いだ先の、夫が遊び好きの男だったんで、夫婦喧嘩が絶えなかった。そのことを嘆いて、姑が、離縁を勧めたんじゃ。子どもを産んですぐのことだったはずだ。勝には、哲という双子の兄がいた。哲は、そのまま伊尾木の家に残り、勝と母は伊尾木の家を出た。まあ、双子といっても、二卵性とかいって、顔は全く似ておらんので、知る者は少なかったろうがな・・。」
住職の口から、伊尾木哲の名が出て来て、亜美もリサも驚いた。
「あの・・伊尾木哲は磯村勝の兄弟・・間違いないですか?」
亜美は、確認するように訊く。
「ああ、間違いない。母御が幾度か儂のところに相談に来た。子を置いて家を出たことがどれほど非道な事かと嘆いておった。幾度も、連れ戻しに行こうと考えたようだが、何しろ、女手一つで二人の赤子を育てるなど無理な事だと判っていたようだが・・・。」
住職はその頃のことを思い出したのか、少し涙目になっている。
「嫁ぎ先の伊尾木の家はこの村ではなかったのですか?」
亜美が訊く。
「ああ、山を越えたところの・・塩津という郷じゃ。そこには寺の檀家が何軒かあるんで、盆暮れで行った時、母御に代わり、伊尾木の家に行き、哲の様子を見に行ったことがある。」
住職はそう言いながら、少し顔色が曇った。
「哲は少し変わった子じゃった。・・いつも人の顔色を窺っては、相手の心を読もうとしておったような・・周囲からは不気味がられるような子どもだったようだ。伊尾木の家でも、そんな哲の様子に悩んで、確か、小学生の頃に、伝手を使って、京都の学校に行かせようとしたらしい。だが、相次いで、姑が亡くなり、父親が亡くなり、哲は、遠くの養護施設に入れられたと聞いておる。」
「それから姿を見ることは?」と亜美。
「いや、見た事はない。結局、伊尾木の家も、磯村の家も、皆、絶えてしまったというわけだ。まあ、この村にはそういう家は珍しくはないからな。・・儂のところも、儂の代で終わりじゃ・・。」
住職はそう言うと寂しげな表情を見せて立ち上がり、「もう宜しいかな?」と言って、本堂へ入って行った。
二人は寺を出た。磯村勝と伊尾木哲は双子だった。この村のものでさえ知る者は少なく、おそらく、大人になって何かのきっかけで、兄弟の存在を知ったのかもしれなかった。伊尾木は、研究所から姿を消した後、磯村勝を名乗ったに違いなかった。

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