SSブログ

5-5 レイの決心 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「本当に、私の力で、彼女を救えるのでしょうか?」
レイはケヴィンに訊く。
「いや、むしろ、あなたでなければ救えない。少なくとも、私はそう考えています。」
「今のままでは駄目なのでしょうか?」
「先ほども言ったように、今、マリアと共に居る者は、われわれの協力者です。いずれは我々の手先だとマリアは思うはずです。その時、どんなことが起こるか想像できますか?」
信頼していた者に裏切られたのだと思えば、恐らく、命を奪うほどの報復をするに違いない。レイは想像した。
「それに、剣崎さんたちもこのままにはしておかないはずです。何としても、彼女に接触しようとするはずです。無理に接触すれば、剣崎さんたちの身も危険にさらされることになります。そのうえ、FBIからの要請で派遣されているわけですから、仮に、マリアを保護できないと判断されれば、次の手を打ってくるに違いない。」
「次の手・・とはなんですか?」
「危険なサイキックを野放しにはできないという理由で、容赦なく抹殺するはずです。彼女だけでなく、周囲も巻き込んだ大きな事故に見せかけることもやりかねない。」
「大きな事故?」
「火災事故、爆発事故、手段は選ばないでしょう。そうなれば、全く無関係な一般市民にも犠牲者が出るはずです。」
ケヴィンの答えは、どんどんエスカレートしていく。ただ、それがあながちオーバーではないだろうということも、レイは理解した。
「もうあまり時間がありません。レイさん、是非、協力してください。」
ケヴィンが深く頭を下げる。不思議な光景だった。所在不明な特別な部屋に監禁された状態にあるレイに対して、拉致した者が、頭を下げている。
「剣崎さんに、一度連絡させてください。」
レイがケヴィンに言う。
「いや、それは出来ません。剣崎さんは我々をレヴェナントと呼び、抹殺しようとするチェイサーの手先なのです。あなたが連絡をすれば、マリアを救い出すどころか、我々の身も危うくなる。それでは、例え、マリアを保護できても、全てが無に帰してしまう。マリアを保護し、安全な場所に身を隠す事ができるまでは、あなたの身は我々の手にある。それは譲れません。」
ケヴィンの顔が強張り、スーツの中から拳銃を取り出し、レイに突き付けた。
「手荒な真似はしたくありません。我々に従って下さい。」
所在不明の怪しげな部屋に監禁した状態で、手荒な真似はしたくないと言われても、説得力は無いが、レイは彼らに従うほか無いことは明白だった。
「わかりました。」
レイは仕方なく答えた。
「良いでしょう。近々、マリアに会える予定です。それまではここで過ごしてもらいます。必要なものがあれば言って下さい。そこの電話を使えば、我々の部屋に繋がりますから。」
ケヴィンはそう言うと、再び部屋に鍵をかけて出て行った。

「どうでしたか。」
ケヴィンが男たちのいる部屋に戻ると、スーツ姿の少し小柄な男が訊いた。
ケヴィンは、小さく頷いたあと、ソファに横になった。
「彼女の力は想像以上だった。まだ、本人は気付いていないようだが・・あれは、シンクロなどと呼べるものではない。マニピュレートそのものだ。」
「では、あの研究記録は正しかったということですね。」
「ああ、・・いや、記録とは異なる所がある。生まれつき能力を持っている者は、自らの能力の一部しか認識できていない。幼いころから、能力を使う事を厳しく咎められていたためだろう。自らの能力を過小評価し、成長するものだとは認識していない。」
ケヴィンの言葉には何やら、悔しさの様なものがにじみ出ていた。先ほどのスーツ姿の男は、ケヴィンの話をじっと聞いていた。
「私のように、訓練で能力を開花させた者は、その能力を高めるために必死だった。そうでなければ、存在価値がない。だから、時に、必要以上に自分を追い詰めたり、薬を使ったりしてきた。彼女やマリアはおそらく、全く別の次元にあるはずだ。・・もしかしたら、想像以上の強い力となってくるかもしれない。」
スーツ姿の男がようやく本題について訊いた。
「それで、我々に協力することは?」
「ああ、大丈夫だ。彼女にも、マリアを助けたい気持ちはある。それに、いざとなれば、命を、と脅しておいた。協力せざるを得ないだろう。」
「では、予定通り進めて宜しいのですね。」
スーツ姿の男が、再度、確認するように訊く。
「ああ、予定通りに進めよう。」
ケヴィンの言葉を聞き、スーツ姿の男はスマホを取り出し、電話を掛けた。
「ああ、私だ。予定通り進める。」
電話から、女性らしき声が洩れるように聞こえる。
「大丈夫だ。心配ない。・・そっちこそ、怪しまれないように連れ出せるか?」
再び、女性の声が何かを言う。
「心配ない。手荒な真似はしない。」
スーツ姿の男は、女性とのやり取りに少し苛立ったように返答して、電話を切った。それから、ケヴィンに向かって言った。
「では、明日の午後、港近くの公園で接触します。」
そう訊いて、ケヴィンは頷いた。
それから、ケヴィンは目を閉じる。
レイをマニピュレートした時に起きた事象を、今でも強く記憶している。その感覚はまだ少し残っているようだった。
「・・レイさんがマリアと接触すれば、恐らく、想像を超えることが起こるだろうな。・・」
ケヴィンは独り言のように呟き、目を閉じて休んだ。

ケヴィンが部屋を出てから、レイは、自分のなすべきことは何かを考えた。
このまま、彼らの指示に従っていくべきなのか、それとも、何らかの抵抗をすべきか。
指示に従い、マリアと接触したとして、彼らの事を信用させることができるのか。本当に彼らは、マリアを保護してくれるのか。何処にも保証はない。
抵抗するとして、どういう方法があるか。
シンクロするだけでは何も始まらない。マニピュレートする能力があれば、彼らにダメージを与えることもできるだろうが、そんな能力は持っていない。
それよりも、この部屋を抜け出すことができれば・・とレイは考えた。少なくとも、自分の居場所を剣崎たちに伝える事ができればとも考えた。だが、それが最も難しいことも判っていた。

部屋の電話が鳴った。
「食事を持っていく。」
感情というものが感じられない声が聞こえた。
暫くして、ドアが開き、男が二人、食事をもって部屋に入って来た。彼らも特殊な能力を持っているのか、確かめるために、レイは思念波を送る。何の抵抗もなく、彼らの思念波をキャッチし、シンクロできた。その時、彼らは体を強張らせて動けなくなった。レイは彼らの思念波にシンクロし、ここの場所を手掛かりをつかむため、彼らの記憶の中に潜り込む。突然、レイの中にケヴィンが現れた。そして、二人の思念波が遮断された。
「どういうこと?」
食事を運んできた二人は、何もなかったかのように、テーブルに食事を置き、何も言わず部屋を出て行った。

nice!(7)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー