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1日目⑤今津と古津 [琵琶湖てくてく物語]

さあ、ようやく、今津町が見えてきた。
おっと、その前に一つ。饗庭には「木津浜」(こつはま)というところがある。
地元ではあまり知られていないようだった。今は、数軒の家が並ぶ程度。
もともと、小浜藩から大津・京都へ年貢米を運ぶ際、琵琶湖の畔に多くの蔵を設置した。今でも「木津浜」には「御蔵屋敷跡」があり、小浜市の重要文化財の類になっているようだ。時々、古銭が見つかると聞いたことがある。その頃の賑わいを見てみたいとも思う。
さらに、奈良時代までさかのぼってみると、「木津郷」の名が記されているそうだ。
「古津(こうつ)」とも書くようで、「今津」と並ぶとその意味がよく判る。
「津」は、港・渡し場という意味があるから、古い港と新しい港ということだろう。
街道も、小浜から上中、熊川を経て、保坂、藺生(ゆう)、弘川、弘川口で、今津港と木津浜に分岐している。旧道は木津へ向かうようになっている。
往年の賑わいを感じながら、こうした史跡を巡るのは元来好きだ。
特に、地名にはその時々の人々の思いや願いが込められているから興味深い。さらに、その謂れとそれをわずかに感じる事ができる痕跡を見つけるのは意外に面白い。こんな田舎町だからこそ、人知れず、興味深い逸話を見つけることもできる。
そういえば、愛知県新城市から旧鳳来町の豊川(とよがわ)に沿って、「貝津」という地名が点在している。数か所どころではない。川が蛇行し、少し平地がある辺りには、この地名が並んでいる。上貝津・中貝津・下貝津・北貝津・西貝津等々。何か大いに意味のある地名に違いない。「貝の取引場所」というには、余りにも不自然。
一説には「垣内」を「貝津」としたともあるが、豊川沿いの地名はいずれも人家の少ないところ。水害との関係の方が大きいのではないかと推察する。
そろそろ、お昼近くになってきた。
今津町に入る手前に、近江ちゃんぽんのお店がある。
ちょうどお昼時で、駐車場は満車だった。何度か食べに行ったが、なかなかのものだった。ボリュームと味、価格、いずれも十分満足した記憶がある。(実は、小生、いささか味音痴。何を食べてもおいしいと思うし、美味しいと言われて行った店がさほどということもあったりして、グルメとは程遠いので真に受けないように)
チャンポンというと、長崎ちゃんぽんを思い浮かべてしまうが、近江ちゃんぽんは別物。くせになる味。ちゃんぽん通には物足りないかもしれないが・・。
私たちも、昼をどうするか考えながら歩いていく。
庄界川(小さな水路)を超えると今津町に入る。
分岐を右に、湖岸沿いを歩いていく。竹生島クルーズの今津港まで来た。
少し寒いけれど、天気が良いので、何か買って湖畔で食するのも一興と思い、今津駅前にあるコンビニ(セブンイレブン)に入ってみたものの、今ひとつピンとこないので、何も買わず、通りへ出て、少し歩いてみる。
平和堂今津店が見える。
そう言えば、高島の人たちは、ここを「いまへい」と呼ぶようだ。
最初、何の事か判らなかった。安曇川にある平和堂を、「あどへい」とは聞いたことがない。きっと、安曇川の平和堂と区別するための呼び名かと推察する。
高島市に来て、スーパーが少ないことに驚いた。人口5万人弱ならやむを得ないのかもしれないが、初めのうちは戸惑った。だが、5年も暮らすと、慣れて来るものだ。平和堂・バロー・コスモスでだいたい必要なものは手に入るし、大津方面へ30分も走れば、ユニクロもある。セカンドライフの私たちには十分だと思う。

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