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偽名の男-6 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

翌朝、食事を摂りながら、一樹は亜美に言った。
「剣崎さんをここへ呼ぼう。・・ここなら大丈夫だろう。」
一樹が意図している事は、亜美にも理解できた。亜美が剣崎の携帯に連絡する。
剣崎も、なぜそうするのかは訊かず、トレーラーハウスへ姿を現した。
「すみません、お呼び立てして。」
一樹が謝罪すると、剣崎は小さく笑顔を見せて言った。
「情報が洩れているという事なんでしょう?」
一樹は驚いた。
「これまでの捜査の状況を振り返ってみれば、あなたたちがそう考えるのは当然。EXCUTIONERに先回りされているし、信楽の館の爆破なんてタイミングが良すぎるでしょう。EXCUTIONERだけじゃなく、闇の組織にも私たちの動きが知られているのは確かよ。」
「じゃあ、生方さんもその・・」と亜美が言う。
「いえ、生方を疑っているわけじゃなく、私たちの通信がどこかで傍受されているようなの。そんなことができるのは、警察内部の人間しか考えられない。ここもどうかとは思うけど、私のトレーラーハウスよりは良いでしょう。」
剣崎は、ひとしきり話し終えると、アントニオに飲み物を注文して、ソファに深々と座った。
「それで、何か収穫があったのかしら?」
一樹は、神戸由紀子と水野裕也の関係、そして、同じ町で連れ去られた片淵亜里沙、それを追っている偽名の男のこと。さらに、MMという闇組織の噂を纏めて話した。
「市原を名乗った男は、恐らく、警察内部の情報中枢にいる人物ではないかと思います。身分証を見せ、所轄で捜査状況を確認するなど、大胆な事は、それだけの準備をしていないとできないでしょう。」
一樹は剣崎に言うと、剣崎は「そうね」と小さく答えた。
剣崎は、一樹の話を聞き終えてから、アントニオが持ってきたジンジャエールを飲み干した。
「実は、こちらでも幾つか判ったことがあるわ。」
剣崎はそう切り出して話し始める。
「MMという組織は、危険なスパイ集団。生方が、爆破された館にあったパソコンを復元して、幾つか興味深い情報が見つかったわ。」
剣崎はそう言うと、アントニオに、お代わりを持ってくるように言った。
「その中に、裏サイトのアドレスがあって、そこを探ってみたの。そしたら、MMという名前のサイトがあったわ。情報スパイだけじゃなくて、殺人や替え玉派遣、人身売買など、あらゆる犯罪を請け負う集団のようだった。」
「やはり、そうですか・・。それで、過去の仕事の内容とか、依頼者とか判ったことはあったんですか?」
一樹が訊いた。
「いえ、やり取りは、全て暗号化されていたの。今、解析中だけど、おそらくむりでしょうね。」
剣崎と一樹のやり取りを聞きながら、亜美が驚きを隠せない表情で訊いた。
「そんな組織が本当に?」
それを見て、剣崎はうっすらと笑みを浮かべた。
「紀藤さんのお父様は確か、橋川署長だったわね。きっと、真面目なお父様なんでしょうね。」
何か含みのある言い方だった。
その上で、剣崎は続けた。
「海外の国では、政府自らスパイ組織を作っているのは知ってるでしょう?」
「ええ・・それは・・。」
「日本はそうじゃないって言えるの?」
「そんな・・日本は・・」
亜美は答えに窮した。
「日本にだって、スパイ組織はあるわ。警察内部でも、特定の人しか、その実態は知らない。日本を守る組織と言えば、正義のように聞こえるけれど、権力者を守るためなら何でもやるというのが実態よ。」
「そんな・・じゃあ、警察って・・」
亜美は少し悲しそうな顔をしている。
剣崎は小さく笑顔を見せてから言った。
「そういう組織に守られているのは、一部の権力者よ。多くの国民は、私たち警察が守るのよ。」
剣崎の言葉に亜美は少し笑顔を見せる。
「おそらく、MMという組織は、誰かが、私的に作ったものでしょうね。もしかしたら、今の警察組織にもつながりを持っている人物もいるかもしれないわ。」
剣崎は、何だか、目星がついているとでも言いたげだった。
「私たちの行動が、EXCUTIONERに知られていたのは、そういう人物が動いていたのかもしれないわ。」
剣崎が言うと、一樹が反論した。
「いや、そうじゃないでしょう。MMは、今の警察権力の中枢と繋がりがあって、利害関係にあるはずです。EXCUTIONERがあれだけの事件を起こしていても、未だに表沙汰にならない。信楽の爆破事件だって、事故として報道され、たくさん見つかった遺体のことだって、うやむやになっている。報道さえも規制されている。きっと、警察上層部、いや、政府の力が働いているからでしょう。EXCUTIONERは、そういうからくりに気付いて、自ら関係者を処刑しているに違いない。」
「あら?EXCUTIONERは、悪の根源と戦う正義のヒーローみたいな言い方ね。」
剣崎は一樹をたしなめるように言う。
「ヒーローなんてもんじゃない。」
一樹は、自分の気持ちを見抜かれたように感じて少し高潮した表情で言った。「きっと、復讐に違いない。あの残忍な殺し方には、強い恨みが感じられる。それに、ヒーローなら、全てを白日の下に晒すように動くはずだ。それが出来ず、俺たちを使ったんだろう。」
一樹はそう言いながら、自分たちはEXCUTIONERから提供される殺害映像から、今回の事件を調べて、MMへ辿り着いた。いわば、EXCUTIONERの手下の様に動かされたことに憤りすら感じていた。
「なるほど・・それなら、辻褄が合うわね。」
剣崎がそう答えた。そこで、剣崎の携帯が鳴った。

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