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復讐の結末-3 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

逃走のため、車へ向かったが、森の中を走る車のライトがちらちらと見えた。
「始末人が来たようね。車は諦めましょう。」
片淵亜里沙は、そう言うと、ザックの中から、小さなライトを取り出すと、その光を頼りに森の中へ入っていく。
「大丈夫なのか?」
亜里沙の後ろを石堂が歩きながら不安げに訊いた。
「この森は、私たちの訓練の場所。ここへ連れて来られて暫くしてから、森の中に置き去りにされる訓練があった。既定の時間までに研究所まで戻れないとひどい目に遭わされた。死んだ子もいたわ。でも、私は、監視の目を抜けて、この森から街へ逃げ出そうとした。すぐに連れ戻されたけど・・さあ、行きましょう。3時間ほど歩けば、町へ着くはずだから。」
片淵亜里沙は、迷いもなく前へ進む。深い森の中を1時間ほど歩くと、前方に街明かりが見えてきた。
「ほら。」
片淵亜里沙は、明かりを指さした。その顔は晴れやかだった。
「ああ、もうすぐだ。」
石堂も、成し遂げたという充実感を感じ始めていた。
「急ぎましょう・・。」
亜里沙は少し気が緩んでいた。目の前に大きな風穴が口を開いている事に気付かなかった。富士山の麓、演習場の周囲には、古い溶岩流の跡が残っていて、大きな窪みや崖を作っている。
「あっ!」
小さく叫んだあと、亜里沙の姿が消えた。
暗闇には慣れて来たものの、突然亜里沙の姿が消え、石堂は慌てた。そして、急いで、二、三歩前に進んだ。結果、石堂も同じ場所から、穴の中へ落ちてしまった。
2メートルほどの深さの穴、その底で二人は重なるように落下した。
「亜里沙・・大丈夫・・か?」
石堂が、ポケットから小さなライトで何とか取り出して照らした。
亜里沙は、体のどこかを強く打ち付けたようで、気を失っていた。石堂自身も、足を強く打ち動けなかった。
「暫く、ここに隠れているしかなさそうだ。」
石堂は、亜里沙の体を引き寄せ、密着する形でその場にとどまった。
ふと、睡魔が襲ってきた。痛みよりも疲れの方が大きい。石堂はそのまま、暫く眠ってしまった。
外が明るくなってきた。見上げると、空が白み始めていた。
もう、研究所に、剣崎たちは来ただろうか。そんな事を考えていると、亜里沙が目を覚ました。
「大丈夫か?」
目を開けた亜里沙に訊く。
「ええ・・少し、痛みはあるけど大丈夫。」
亜里沙はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
大きな怪我は無いようだった。ただ、栗林所長に撃たれた腕の傷は芳しくない。腫れあがって色が変わっていた。このままでは壊死してしまう。
「あと少し行けば、町の入り口に入れる。腕を治療しよう。」
石堂はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
穴は溶岩が通り抜けた跡。前方に少し明かりが見えた。
二人は穴の中を歩き、外にでた。そこから暫く林の中を歩くと、白い建物があった。診療所の看板があった。
周囲に人影はない。玄関に、開院は月と木の週2日だけとあった。今日は何曜日だろうと、スマホを見た。火曜日だった。石堂は、診療所をぐるりと回って、入れるところはないかを探す。裏口の鍵が簡素なものだったので、壊して中に入った。灯りをつけると周囲の住民が異変に気付き、通報される可能性がある。薄暗い中で、腕の治療の薬を探した。
「大丈夫。私が探すわ。」
亜里沙は、暗殺者として育成され、薬の知識も持っていた。
手早く消毒液や化膿止め、痛み止めの薬を探し出した。それから、メスや鉗子、糸と針などを探し出して、自分で治療を始めた。
「これも、あの研究所で叩き込まれたわ。」
悲しそうに、亜里沙は呟くと、手早く治療を終えた。
その間に、石堂は、診療所を物色し、保管されていた僅かな飲料を持ってきた。
「さあ、行きましょう。」
もう陽が昇る。
二人は診療所を出て、街に入る。バスを乗り継いで、駅まで出た。そろそろ通勤者が増えて来る時間帯になってくる。
「高速バスを使おう。」
石堂はそう言うと、バス乗り場へ向かいチケットを買って戻ってきた。
「もうすぐ出発の時間らしい。急ごう。」
石堂は、亜里沙を連れて、バス乗り場に着いた。
「ここでお別れだ。」
石堂が唐突に言った。
「えっ?どういうこと?」
亜里沙が訊く。
「僕は組織の一員になった。それは、あのマイクロチップが埋め込まれたという事なんだ。おそらく、組織はマイクロチップで、居場所の特定をしているだろう。このまま一緒にいると捕まる。君は、目的を果たして、もう自由の身だ。一人なら組織に捕まることはない。」
「そんな・・。」
石堂の話に亜里沙は驚きと悲しみが急に湧き上がってきて、これまで見せた事の無い涙を流す。
「さあ、これをもって。大丈夫。組織は僕を追ってくるはず。」
石堂はそう言うと、チケットを亜里沙に渡し、高速バスに乗せた。亜里沙は拒む態度を見せたが、石堂の言う事は正しい。しかたなく、バスに乗り込んだ。
「これで良いんだ。君は、もう一度生き直すんだ。」
バスのドアが閉まり、動き始めた。石堂は、バスが動き始め、初めの交差点を曲がるまでじっと見送った。

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