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エピローグ1 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

片淵亜里沙の行先は判らぬまま、トレーラーに戻り、しばらくは皆、ぼんやりとしていた。アントニオがコーヒーを運んできた。
それに口をつけた亜美が呟いた。
「MMはどうなるんでしょう?」
剣崎は亜美の言葉に微笑んだ。
「何か策があるんですか?」
亜美が重ねて訊く。
「まだ、言えないわ。でも大丈夫。石堂から託されたUSBメモリーには、MMの犯罪が全て記録されていた。彼の遺志はちゃんと引き継ぐつもりよ。」
剣崎は、そう答えて、コーヒーを飲んだ。
「これで一旦このチームは解散するわ。あなたたちを橋川市まで送っていくわ。アントニオ、さあ、車を・・。」
剣崎はそういうと、助手席に移った。
皆を乗せたトレーラーは、新東名を西へ向かう。
後ろの席で、一樹と亜美、レイは、ぼんやりと外を眺めている。
橋川署に着くと、紀藤署長が出迎えのために玄関で待っていた。
「二人は役に立ちましたか?」
紀藤署長は、剣崎に訊ねた。
「ええ、充分に活躍してくれました。ありがとうございました。それと、レイさんには無理なお願いをしました。でも、彼女の力で多くの事を明らかにすることができました。経過報告は追ってお送りいたします。」
剣崎はそう言うと、トレーラーに乗り込み、東京へ戻って行った。
「レイさん、家まで送ります。」
亜美がレイを自宅まで送ることにした。自宅では、母ルイが待っていた。
「お疲れ様。大丈夫?」
ルイは、娘レイを労わるように言った。
「ええ、大丈夫よ。」
亜美はレイを送るとすぐに橋川署へ戻った。
レイはルイとともに家の中へ入った。
リビングのソファには、女性がひとり座っていた。レイは、それが誰なのかすぐに判った。
「あなたは・・亜里沙さん・・ですね。」
女性は小さく頷く。
「無事だったんですね。・・・でも、どうして、ここに?」
レイが訊くと、キッチンから飲み物を運んできたルイが言う。
「まあ、座りなさい。ゆっくり、亜里沙さんの話を聞きましょう・・。」
母ルイは、笑顔を浮かべて言った。
亜里沙は、ここに来た経緯を順を追って話した。
「組織に追われて、石堂君は、一緒にいると見つかるからと、三島で別れる事になりました。私は、彼と一緒なら殺されても構わないと言ったんですが、彼は聞き入れませんでした。彼が、組織に関わることになったのは私を救出するため。死んでしまえばやって来たことが水の泡になる。私一人でも生きて欲しいと・・。」
亜里沙は、その時のことを思い出し、目に涙を浮かべている。
「石堂さんが亡くなったことは?」
と、レイが訊くと、亜里沙は小さく頷いた。
「彼は、別れ際に一枚のメモをくれたんです。ここへ行けばきっと大丈夫だと‥そこには、ここの住所と電話番号が書かれていました。」
「石堂さんがここを?」
「ええ、彼は、随分前に、レイさんの存在、いえ、シンクロの能力の事を知ったようです。特殊犯罪対策チームに招請されることも予想していたんです。」
「だから、あの神戸由紀子さんのビデオを・・。」
「そうです。レイさんなら、自分がやろうとしている事をきっと理解してくれるだろうと言ってました。」
レイは、最初の神戸由紀子が殺害される映像を見て、彼女の思念波を捉え、殺害場所を特定したのだが、その時、映像にはもう一つの思念波があることに気付いていた。そして、その思念波は、単なる狂気に満ちたものではなく、強い信念を発していた。その思念波が犯人であるEXCUTINERのものだと判っていたが、敢えて口にしなかった。それは、その思念波から感じた強い信念が理由ではなく、その向こうにかすかに感じた光、誰かを守ろうとする思いを感じていたからだった。
一緒にいた剣崎たちも、被害者となった神戸由紀子の思念波を追う事を求めていたし、それは、事件解決のためというより、剣崎自身の中に、EXCUTIONERである石堂への何か、期待のようなものを感じていたからだとレイは考えていた。
石堂はそこまで考えて、今回の一連の復讐劇をやったのかは、今となっては確かめようがないが、ここに亜里沙が来た事を思うと、彼には事件の結末が見えていたのだろうと感じていた。
傍に居た母ルイは、柔らかな笑顔で亜里沙を見ている。かつて自らも、犯罪に利用された経験があり、ようやく、平穏な暮らしを手に入れていた。亜里沙の身の上をすべて理解しているわけではないが、彼女が自分たちを頼りにしてくれている事には応えるべきだと考えていた。
「亜里沙さん、あなたさえ良ければ、いつまでもここに居て良いわよ。部屋は空いてるし、レイも病院の仕事で人手が欲しいと言っていたんだから・・ここに居て、レイを手伝ってくれれば良いわよ。ねえ、レイ。」
母ルイは、何時になく明るい声でそう言った。
「そうね・・ここなら、大丈夫よ。それに、剣崎さんがきっと組織を潰してくれるはず。気が済むまでここに居てください。」
レイも同意した。
「よろしくお願いします。」
亜里沙は深々と頭を下げた。
「ただ・・そのままの名前では、きっと一樹さんたちも困るでしょうね。」
レイがそう言うと、亜里沙が1枚の紙を見せた。
「これを石堂君が、私の荷物に入れていました。」
広げてみると、それは戸籍謄本だった。
「わたしは、拉致された後、死亡認定され戸籍は抹消されています。いわば、この世に存在しない人間。それでは、この先、生きていくのは大変だと考え、石堂君が、新たな戸籍を作ってくれたんだと思います。」
その謄本には、「石堂りさ」という名前が記載されていた。
「そう・・。」
レイは、自分の人生を全て投げ出し、亜里沙を救い出し新たな命を与えた石堂という人物に、一度、逢いたかったと強く感じていた。

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