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復讐の結末-1 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

暗闇の中、1台の車が止まる。車から男女が降りて来る。
「ここよ。」
女の囁くような声がした。
「いよいよ、仕上げの時だ。後悔はしてないな。」
「もちろんよ。私からすべてを奪った奴らを許す事はできない。必ず、復讐すると決めて今日まで耐えてきたんだから。」
「じゃあ、行こうか。」
車のドアを静かに開け、降りた。
ここは、御殿場山中にある、研究所。5年ほど前までは、政府の研究機関があったが、その後、民間に払い下げられた。
周囲は高い金網と鉄条網が張り巡らされ、侵入を許さない強固な造りだった。
研究所の入り口には、検問所があり、深夜当直勤務の男が座っている。
女性の方が、闇に紛れるようにして、素早く走り、検問所のドアをノックする。
「こんな時間に誰だ?」
当直勤務の男は、拳銃を手にしてゆっくりとドアに近付き、ドアノブに手を掛けた。そして、銃を構えてドアを開ける。
ほんの10センチほど開いた時、当直の男は呻き声も出さずに、その場に蹲った。
女性がドアの僅かな隙間から、ナイフで男の心臓を貫いたのだった。すぐに女性は門を開き、連れの男を中に入れる。
二人は、暗闇に身を隠すようにして、建物に忍び込んだ。
研究所の中は、夜遅くになっていて、人影はほとんどなかった。
女性は、建物の構造を熟知している様子で、迷うことなく、階を上がっていく。男もその後を追う。明かりがついている部屋があった。
「あれが所長室。きっと、あいつはあそこにいる。」
部屋から漏れる明かりに、ようやく女性の顔がはっきりと判った。片淵亜里沙だった。
彼女は、隙間から中の様子を確認すると、躊躇うことなく、所長室に入った。
所長は、窓から外を眺めていた。深夜近い時間、そこには暗闇が広がっているだけだった。音も立てず背後から所長に忍び寄る。
急に、所長が振り返った。手には、サイレンサーの付いた拳銃を持っている。
「ここに来ることは判っていたわ。」
女性の所長、胸の名札には、栗林と書かれている。
所長はそう言うと、片淵亜里沙に向かって一発発射した。小さな衝撃音と薬莢の匂いが立ち込める。片淵亜里沙は、その場に蹲った。
「大丈夫。急所を外しておいたから。でも、早く手当しないといけないわね。」
栗林所長が放った弾丸は、片淵亜里沙の腕を撃ちぬいていた。横に居た男が飛び掛かろうとするが、栗林所長は、銃口を男に向けたため、止む無く、片淵亜里沙に駆け寄った。
「亜里沙!あなたは知らないだろうけど、あなたの体にはマイクロチップが埋め込まれているのよ。この施設に入った時、すぐに分かったわ。そして、私の命を狙うために来たのだろうって。」
亜里沙は栗林所長をキッと睨む。
「あなたたちは、組織への復讐のつもりなんでしょうけど、それは、無駄よ。神戸由紀子を殺した時、そう思わなかった?・・彼女、殺されることを喜んでいたんじゃない?他に人達もそうでしょ。名前も戸籍も、体さえ失って、全くの別人として生きていくなんて、あり得ないもの。」
栗林の言葉を聞き、亜里沙が反論する。
「そんな人間を作ったのは、あなたでしょ!」
「あら、私がこの組織の首謀者だと思ってるの?・・それは違うわ。わたしも、20年前に、拉致され、名前も戸籍も顔さえ奪われた。彼らは私の整形技術が欲しかった。そのために、全てを奪われた。私もあなたも同じ境遇なのよ。」
「そんな・・。」
亜里沙は、栗林の言葉に動揺した。それを見て、栗林は続ける。
「私だって、組織に刃向かいたい気持ちでいっぱいだった。でも、出来なかった。命を絶つことも出来ず、結局、ここで私を同じように女性たちから、全てを奪う仕事をしてきた。・・このままじゃ・・」
栗林は銃口を男に向けたまま、呟いている。
「ねえ、あなたが、EXCUTIONERなんでしょ?」
栗林が、男に訊いた。
「それなら、私にも、復讐の手伝いをさせて。」
その言葉に、ようやく、男が口を開く。
「どういうことですか。」
「あなたたちがここへ来たという事は、組織もすでに承知しているわ。すぐに、始末人がここへ来るはず。このままじゃ、私もあなたたちも、殺されるでしょう。遺体はどこかに隠し、死んだことさえ判らずに終わるはず。・・例え、遺体が出たとしても、身元不明者として処理されるだけ。それなら、組織の秘密を暴こうとしている、あの人達になんとか手掛かりを残したい。」
「手がかり?」
「ええ、そう。あなたが、剣崎刑事に、神戸由紀子や他の人たちの情報を送り付けたように、ここが、組織の中枢を担った研究所だと知らせたい。」
「いや・・無駄でしょう。結局、その情報は握りつぶされるだけ。剣崎刑事たちも、事件の真相には簡単に辿り着けない。いや、辿り着けたとしても、組織をつぶす事などできないでしょう。」
男は全てを判ったうえで、今回の行動に出たのだった。
「あなた、組織の首謀者・・いえ、この組織の全貌を知っているの?」
栗林は驚いた顔で、男を見た。男は哀しい目をして、頷いた。
「抗う事に意味がないほどの組織でした。調べていくうちに、自分の無力さを痛感しました。でも、亜里沙を何としても見つけて、救い出したい。その思いだけでここまで来ました。」
「どうしてそこまで?」と栗林が訊く。
「彼女が拉致されたのは、僕のせいなんです。」
男はそう言うと、片淵亜里沙を見た。
片淵亜里沙は、撃ちぬかれた腕の傷からの出血を押さえながら、男の話を聞いている。

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