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2-3 喫煙所 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

タクシー乗り場には、乗客を待つタクシーが何台も並んでいる。暫くすると、到着口から大勢の客が出てきて、タクシー乗り場へ向かった。
乗り場には、老練な誘導員が居て、列をなす乗客に向かって笑顔を振りまきながら、次々に捌いている。剣崎たちはひとしきり客が乗り切るのを待って、その誘導員に声を掛けた。
「10歳の女の子が一人でタクシーに乗るなんてことは・・これまで記憶にありませんね。」
レイは少し離れた位置から、その誘導員にシンクロした。誘導員の言葉通り、彼からマリアの思念波の残存は感じられなかった。レイは剣崎に首を振って合図を送った。
一樹と剣崎は、レイとともに一旦その場を離れた。
「タクシーじゃないのかな?」
一樹が言う。
「しかしバスや電車となるとチケットが必要になるはず。運転手だけでなく乗客や、改札口の職員みんなを操るなんて難しいでしょう。やはり、タクシーを使ったはず。」
剣崎が答える。
タクシー乗り場には、幾つかのタクシー会社の車両が止まっている。よく見ると、中でもセントラルタクシーという会社の車が多いように見えた。
「事務所に行きましょう。」
剣崎が言い、一樹が先ほどの誘導員に警察バッジを見せて、タクシー会社の事務所に連絡を取ってもらう事にした。
「事務所は、そこの階段を上がったところにあります。今、営業部長がいるようですから、話が聞けるでしょう。」
誘導員の言葉の通り、階段を上がったところにタクシー会社の事務所があった。事務所の一番奥に、生え際が怪しい男性が迷惑そうな顔つきで座っていた。
「どうぞ。」
ぶっきらぼうに言うと、安い作りのソファに座るように勧めた。
「10歳の女の子の乗客なんて、記録にはないようですよ。」
営業部長を名乗る男が、ここ2週間ほどの運行台帳を開きながら言った。
「変な動きをしたタクシーはありませんか?例えば、乗客もいないのに空港から出て行ったタクシーとか・・。」
一樹が訊く。
「いや、最近は、スマホでお呼びがかかる時代です。空港で待っている最中に、急な呼び出しで向かう車は、ざらに居ます。そういう客ほど、時間にうるさくて大変なんですが、チップも良いから皆飛んでいきますよ。外国人客がほとんどですがね。」
営業部長が開いている運行台帳から、マリアの足取りを探るのは難しいだろうと一樹は感じ、それ以上の質問はやめた。
「では、噂でも良いんです。気づいたら空港とは別の場所にいたとか、最近体調を崩しているとか、そういう通常とは違う様子の運転手さんはいらっしゃいませんか?」
剣崎が訊いた。
「なんだ、それ?・・体調が悪い運転手は勤務停止にするし、記憶をなくすなんて運転手が居たら即刻解雇する。そんないい加減な管理はしていない。さあ、忙しいんだ、帰ってくれ!」
営業部長は、分厚い運行台帳を乱暴に閉じるとさっさと席を立ち、自分のデスクへ戻って行った。
一樹たちは仕方なく事務所を出た。階段を下りている最中、脇に喫煙所があるのを一樹が見つけた。
「ちょっと待っていてください。」
一樹はそう言うと、喫煙所へ入って行った。中には数人のタクシー運転手が椅子に座り、タバコを吸っていた。一樹も一番隅に座り、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。一樹は普段はタバコを吸わない。だが、捜査の際、こういう場所で情報を得ることが多く、怪しまれないようにタバコを持ち歩いていた。一樹は、ドアのガラスから外を見るようにして、出来るだけ運転手たちに怪しまれないように静かにしていた。
「おい、聞いたか?高橋のやつ、名古屋まで空走りしたんだってさ。気づいたら名古屋駅に居たって言うんだから、危ないよな。」
「そんな事、あるのか?」
運転手たちが興味深い話を始めた。一樹は聞いていないふりをしながら耳をそばだてていた。
「まったく記憶がないそうなんだ。」
「ふうん。じゃあ、会社からずいぶんどやされたんだろうな。」
「ああ、あれから奴の顔、見てないんだ。」
「気をつけないとな。お互い。」
運転手たちは、タバコを吸い終わって立ち上がった。その時、一樹は運転手たちの前に立ちはだかるようにして、警察バッジを見せて言った。
「今の話、もう少し詳しく訊かせてもらえませんか?」
運転手たちは驚いた表情で顔を見合わせ、しどろもどろになりながら詳しく話した。
「高橋さんの居場所は判りませんか?」
「確か、自宅は常滑だったはず。・・」
運転手の一人が、手帳を開いて調べてくれた。
「ありがとう。」
一樹はそう言うと、喫煙所を後にして、剣崎たちのところへ戻った。
「剣崎さん、有力な情報を得ました。高橋という運転手が不思議な体験をしているようなんです。意識もないまま、名古屋まで走ったというんです。自宅は近くなんで行ってみましょう。」
一樹は得意げに話を伝え、剣崎たちとともに、高橋という運転手の自宅の住所へ向かう。
「このアパートのようですね。」
運転手に訊いた住所には古いアパートが在った。
「201号室・・は・・」
一樹はそう呟きながら、鉄製の古い階段を登る。階段を上がったところが201号室だった。古びた玄関ドアの前にはごみの袋が幾つか積み上がっている。どうやら、一人暮らしのようだった。
剣崎とレイも一樹に続いて階段を上がっていく。レイが「感じるわ」と小さく呟いた。
ドアの前に立ち、一樹がノックする。中から足音が聞こえる。不用意にドアが開く。ぼさぼさ頭でパジャマ姿の中年の男が顔を見せる。
「高橋さんですね。」
一樹が警察バッジを見せながら言うと、怪訝そうな表情を浮かべて男が頷く。
「意識もなく、名古屋までタクシーを空走りしたと仲間のタクシー運転手から聞いたんですが・・その事でちょっと詳しく伺いたくて。」
一樹が訊くと、高橋は戸惑った表情を浮かべて訊いた。
「事故か何か起こしていましたか?」
「いえ、そういう事じゃなくて、気づいたらどこに居ましたか?」
「名古屋駅の西口でした。今でも信じられないんです。何処をどう走ったのか、その前は確かにセントレアに居たはずなんです。」
「何か、覚えている事はありませんか?」
一樹は質問を続ける。もちろん、証言できることは予想していない。こうして時間をかけ、記憶を遡るように促すと、マリアの思念波の残骸が見えるかもしれないと考えたからだった。
レイは、一樹のすぐ後ろに立って、高橋の思念波を捉えようとしていた。剣崎は、レイの手を握り、彼女が感じるマリアの思念波の残骸を自分も感じようとしていた。
レイがシンクロする。
目の前の高橋の思念波には、先ほどの整備士と同様に、絡みつく様な、異常な思念波の残骸を感じることができた。そして剣崎もその思念波の中から、最後の映像を見つけた。
『マリアだわ。』
マリアがタクシーを降りる映像が見える。そして、徐々に薄れていく。その先には、バスターミナルが見えた。
「もういいわ。」
剣崎が、一樹に言う。
それを受けて、一樹も高橋との会話を止めた。
「ご協力ありがとうございました。」
一樹はそう言うと、剣崎たちとアパートを出て、名古屋駅に向かう事にした。

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