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2-5 県警捜査本部 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

一樹とレイは県警の捜査本部へ向かった。
途中、橋川署の紀藤署長に連絡をして、捜査本部にある映像を閲覧できるように手配してもらった。県警に着くと、遠藤刑事が表玄関で待っていた。どうやら、橋川署からの依頼を聞いて、遠藤が対応するよう指示されたようだった。
「矢澤さん、こちらです。・・おや、彼女は?」
一樹はちょっと答えに困ったが、すぐに言った。
「今探している人の身内の方だ。暫く時間が経っているので、容姿が変わっているかもしれないので、来てもらったんだ。一緒に見てもいいだろ?」
「そうですか・・ええ、構いません。こちらです。」
遠藤の案内で、県警の建物の3階の小さな部屋に通された。幾つかモニターが並んでいる。
「あの、いつ頃の映像が必要ですか?」
「ああ、自殺騒ぎのあった日の映像が良い。」
一樹が答えると、遠藤刑事は少し怪訝そうな表情を浮かべた。
「矢澤さん、やはり、あの自殺事件と、捜索している人は何か関係があるんですか?」
「いや・・そうじゃないんだが・・。」
一樹は答えに困った。正直に話すことはできないし、話したところで信じてはもらえないだろう。
「彼女が居なくなった日が、お聞きした事件の日なんです。偶然だと思いますが、刑事さんが駅を捜査されていると聞いたので、何とかお願いできないかと・・。」
レイが、機転を利かせて、少し弱々しい声を出して答えた。
遠藤刑事は、レイの言葉を信じたようだった。
手元にあるパソコンを何回か操作して、指定の映像を映し出した。
「これが事件の1時間前からの映像です。ゆっくり見てください。僕は、捜査記録を書きに行ってますから。終わったら声をかけてください。」
遠藤はそう言うと部屋から出て行った。
一樹は、カバンの中から小さなUSBメモリーを取り出し、パソコンに繋いで映像データをコピーし始めた。そして、映像を見つめた。
「おそらく事件が起きた後のはずだ。」
一樹はそう言うと、映像を操作して、事件のあとまで進めた。バス乗り場には、各地へ向かう乗客が列をなしていた。親子連れも何組か居て、その部分をスローで再生し、レイを見る。レイは、その家族を注視するが、首を横に振るばかりだった。
30分ほど過ぎた辺りで、レイに異変が起きた。急に頭を抱えたのだ。
「どうした、レイさん?」
「強い思念波を感じる・・普通の人とは違う・・かなり強い・・。」
何とか意識を保ち、映像を見る。そこには、10歳ほどの女の子が映っていた。白いブラウスにチェックのワンピース、長い黒髪。彼女は、じっと周囲の様子を観察している。
「おそらく、協力者を探しているようです。だから、強い思念波を出して、周囲の皆の精神に入り込もうとしている・・・。」
苦しげな表情を浮かべながらレイが話す。
映像だけでもこれだけの影響を受けるのは予想もしていなかった事態だった。
映像を止め、少女をクローズアップして、スマホに納めた。それから、また、映像を再生する。
マリアは、一組の老夫婦に近付いていく。土産物の袋を抱えているところを見ると、名古屋あたりに観光でやってきた様子だった。
マリアは、その夫婦の横に立ち、そっと、老婆の手を握る。一瞬、老婆の表情がこわばった。それを見て、夫らしき老紳士がマリアを見る。何か聞こうとしているところを、マリアは、老婆と同じように手を握る。老紳士も一瞬表情がこわばると、マリアの横に立った。
マリアを挟んで老夫婦は歩きだし、バスのチケット売り場へ向かった。
「マリアのチケットを買うようだ。」
一樹は映像に釘付けになっている。
「どこへ行くんだ?」
チケットを受け取った老夫婦は、静岡行きのバスの列に並んだ。マリアにコントロールされているのだろう。表情は固く、二人とも押し黙ったまま、視線は遠くを見つめている。
「レイさん、もう良いだろう。」
一樹は映像を止め、レイを見た。レイは、机に突っ伏し、鼻血をだして意識を失っていた。
「レイさん!レイさん!」
何度か声をかけると、意識を取り戻した。
そこへ、遠藤刑事が戻って来た。
「どうでしたか?何か手掛かりになるものはありましたか?」
遠藤は、コーヒーをトレイに乗せて運んできた。二人の様子が少しおかしい事に気付く。
「なにか、ありましたか?」
「いや、探している人は映っていなかった。おそらく、バスじゃなく、新幹線だろう。」
一樹が事も無げに答えた。
「そうですか?」
遠藤は二人のおかしな様子を気にしている。
「ちょっと、疲れたようだから。今日はもう帰ります。ご協力いただきありがとうございました。」
遠藤が質問をしたげなのに気付き、一樹はその隙を作らぬよう、レイの肩を抱き、席を立ち部屋を出て行った。
一樹とレイは、県警本庁舎を出るとすぐに剣崎に連絡した。そして、先ほど撮影した写真をメールで剣崎に送った。
「静岡方面へ向かったのね。判ったわ、すぐに迎えに行くわ。」
剣崎はそう言うとアントニオに指示した。トレーラーが動き出す。
「レイさん、大丈夫ですか?」
一樹は、本庁舎の前にある公園のベンチに座り、意識を失っていたレイを気遣い、訊いた。
「ええ、もう大丈夫です。あまりに強い思念波だったので、意識が途切れたんです。」
映像を見ただけである。それで、これ程までに、影響を受けるとなると、レイがマリアと対峙したら命を落とすことになるかもしれない。一樹はぼんやりとそう考えていた。
「マリアさんは、力のコントロールができないようです。かなり強い思念波を使っています。」
一緒に映像を見ていた一樹は全く感じなかった。
レイのシンクロ能力だからこそのことなのだ。
「じゃあ、やはり、自殺した男も・・。」
「ええ、彼女が、強い思念波で彼の中に、『死んじゃえ』という意識を植え付けたんでしょう。映像にあった、あの老夫婦にも、きっと、強い影響を残してしまうに違いありません。良くないことが起きなければいいんですが・・」
レイは、悲しげな表情を浮かべて言った。
「レイさん、あまりマリアに近付かない方が良い。」
一樹はそう言うのが精いっぱいだった。一樹の言いたいことはレイにも判っていた。しかし、マリアの居場所を突き止めるには、彼女の思念波を捉えるほかない。
「ありがとう。」
レイは少し微笑んで一樹に言った。暫くすると、トレーラーが姿を見せた。二人が乗り込むと、トレーラーは名古屋ジャンクションを目指した。
一樹は剣崎に、本庁舎で起きた事を報告した。それを聞いた剣崎はレイを気遣うように見た。
「大丈夫です。早く、マリアさんの居場所を見つけましょう。」
剣崎の気持ちを察して、レイが応えるように言った。
名古屋ジャンクションから東名高速道路に入ると、一路、静岡を目指した。
「どうして、静岡なのかしら?」
流れる景色を眺めながら、剣崎が呟く。
それを聞いた、レイが言った。
「彼女の思念波を捉えた時、僅かですが、富士山の風景が浮かんでいました。彼女の記憶のどこかにあった映像なのだと思います。彼女の中に、静岡という地名よりも、富士山を目指しているという感じがします。」
「またか・・。」
レイの話を聞いて、一樹が言う。前回の事件も富士山の麓だった。どうして、あの場所なんだと少し恨めしく感じていた。

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