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2-4 名古屋ステーション [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

剣崎が、サイコメトリーで見た映像をもとに、一行は名古屋駅のバスターミナルに向かった。
「ここからどこかへ向かったはず。」
剣崎は、そう言って、バス乗り場を一つ一つ見て回り、バス停のベンチや乗り場の案内表示板などに触れて、マリアにつながるような物的思念波を掴もうとした。レイも、マリアの思念波の残骸がないか力を尽くして調べた。だが、マリアに繋がるものは何も感じられなかった。
一樹は二人の動きを注意深く見ていたが、一通り回った後、二人の残念そうな表情を見て、自分の無力さを痛感していた。
ふと、階段を上っている人影に目がいった。
「あれは・・ちょっと、待っていてください。」
一樹はそう言うと、階段を駆け上る。
「おい、遠藤!遠藤じゃないか!」
一樹は大きな声で呼ぶ。階段を登っていた男が立ち止まり、振り返った。
「ああ、矢澤さん。どうしたんです、こんなところで。」
「いや、ちょっと行方不明者の捜査で・・それより、お前こそどうしたんだ?」
遠藤は、以前、橋川署に配属されていた事のある刑事だった。今は、愛知県警の本庁へ戻って、暴力団対策課にいるはずだった。
遠藤は、階段を下りて一樹の傍までやってきて、小さな声で耳打ちした。
「ちょっと不可解な事件を調べてるんですよ。」
そう言ってから、担当している事件をかいつまんで話した。
1週間程前に、バスターミナルの待合室で、男が突然ナイフを取り出して自分の喉を裂いて自殺したというものだった。
「そいつ、西口辺りの半グレ集団の一人で、最近、急に頭角を現していた男だったんです。とても自殺するような奴じゃない。目撃者の話だと、急に何かつぶやきながら、持っていたナイフを自分の首に突き立てたっていうんです。」
「薬か何かか?」
「いや、遺体解剖の結果、薬物は出ず、酒も飲んでいませんでした。」
「じゃあ、精神を病んでいた・・という事もなさそうだな・・。」
「ええ、そうなんです。だから、もっとほかの理由・・例えば、待合室に自殺をせざるを得ない様な脅威、命を狙っているような人物がいたんじゃないかというのが捜査チームの見立てなんです。」
「殺されるなら、いっそ自分でということか?・・なんだか、それも怪しいな。」
「そうなんですよ。喉を切り裂く前に何かつぶやいていたというのが気になって・・聞き込みをしていたんですが・・どうも、死んじゃえ!死んじゃえ!って言っていたらしいんです。操られているような感じもしたという証言もあるんです。」
「操られていた?催眠術か?」
「そこが謎なんです。・・ただ、その少し前に、子ども・・小学生くらいの女の子と何か話していたようなんです。今、その子を探してるんですが・・何しろ、ここはバスターミナル。ここから、静岡や大阪、名古屋、金沢、あらゆる場所にバス路線があるわけですから、どっちへ向かったか。その女の子と関わりがあるのかもしれないと捜査しているんです。」
一樹は黙って、遠藤の話を聞いていた。
「すみません。捜査情報を話し過ぎました。くれぐれも内密にお願いします。じゃあ。」
遠藤刑事はそう言うと、階段を駆け上って行った。
一樹は遠藤を見送りながら、おそらく、その女の子はマリアだろうと考えていた。それから、階段を下りて、剣崎のところへ行くと、遠藤刑事から聞いた内容を伝えた。
「おそらく、マリアね。その男が何かちょっかいを出したんでしょう。恐怖心が高まって、彼に死ぬように仕向ける思念波を送ったんでしょうね。現場は?」
剣崎が言う。
「待合室です。」
一樹が剣崎とレイを待合室に案内する。1週間前の事件のためか、すでに非常線は除去され、平常の様子となっていた。
剣崎とレイは待合室に入る。独り、バスを待つ乗客らしき人物がいたが、ちらりと剣崎たちを見たが、気に留めず、スマホに目を移した様子だった。
剣崎は、待合室にある椅子に座り、両手で座面に触れて目を閉じる。
「無理だわ。」
様々な乗客が座った椅子には、雑多な思念波が残っていて、1週間も前のものは捉えることはできなかった。
レイが待合室全体を見渡した後、目を閉じる。どこかにマリアの思念波の残骸があるはずだ。そう信じて、神経を集中する。だが、マリアの思念波を見つけることはできなかった。
三人は、待合室を出た。
「ここから、マリアはどこへ向かったんでしょう。」
大型の長距離バスが次々に入ってくる。
ふいに、レイが蹲った。
「大丈夫?」
剣崎がレイの異変に気付いて駆け寄って支えた。
「大丈夫です。少し疲れただけです。」
「一度、トレーラーへ戻りましょう。」
剣崎はそう言うと、カルロスに連絡する。
近くで待機していたカルロスが、すぐに、黒塗りのワゴン車で迎えに来た。
アントニオが運転するトレーラーは港湾部の広い駐車場に止めてあった。
トレーラーハウスに戻ると、レイは少し横になると言って、奥のベッドルームで休んだ。
剣崎と一樹はソファに座った。
「待合室で起きた事は、間違いなくマリアによるものでしょう。確かに、あそこに彼女は居た。」
「あそこからどこへ向かったのか・・長距離バスに乗るとなると、チケットを買わねばならないし、10歳ほどの女の子が一人で乗れば、運転手も不審に思うだろう。」
一樹は、アントニオが用意したドリンクを口に運びながら言った。
「不審に思われない方法・・きっと誰かと一緒に・・娘のふりをして乗り込んだんでしょうね。」
「だが、そんなに都合よく行くだろうか?」
剣崎はパソコンを開いて、メールをチェックし始めた。
「あったわ・・彼女が施設を出て、暫く、近くの町に居たらしいわ。老夫婦の家にいたようね。」
「老夫婦か・・。」
「きっと、孫娘にでもなっていたんでしょう。」
「じゃあ、名古屋駅でもどこかの老夫婦と一緒に・・という可能性もあるか。」
そこまで話して、一樹は立ち上がり、スマホを取り出した。そして、遠藤刑事に電話を掛けた。
「待合室にはカメラはなかったらしいが、バス乗り場はどうなんだ?」
「なんです、いきなり。あると思いますが、レイの事件が起きたのは待合室。バス乗り場なんかチェックしていませんよ。」
「映像はあるのか?」
「恐らく、捜査本部にはあると思いますが、・・ちょっと、矢澤さん、何を調べているんですか?」
電話の相手、遠藤刑事は少し不機嫌になっていた。
「前にも言ったろう、人探しさ。ありがとう。」
一樹はそう言って電話を切った。
「捜査本部へ行ってきます。おそらく、監視カメラにマリアの姿が写っているはずです。」
一樹がそう言ってトレーラーハウスのドアに向かった時、剣崎が言った。
「おそらく映っているでしょう。でも、それがマリアだって判るの?顔さえ判らないのよ。」
まだ幼い頃の写真があるだけで、最近の写真はなかった。服装さえも判らない。老夫婦と一緒にいる10歳の女の子というだけでは、特定するのは無理だと一樹も悟った。
「じゃあ、どうすれば・・。」
そこに、レイが起き上がって姿を見せた。
「きっと、私なら判ります。映像から思念波を捉えるのは、以前の事件でもやりました。今回、マリアさんの思念波は、特別なものだから、きっと見つけられるはずです。」
「大丈夫なのか?」
「ええ。もう大丈夫です。行きましょう。」

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