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3-1 待合室・・マリア [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

名古屋駅まで到着したマリアは、まず、駅ビルにある書店に行き、旅行雑誌を探して、記憶の中にある、富士山への行き方を調べていた。
何冊かの旅行雑誌を棚から引き出し、探していく。
中ほどにある雑誌を引き出した時、富士山が表紙を飾る雑誌に行き当たった。マリアは、それを開き、地図や交通アクセスのページを憶えた。
新幹線で行くのが最も早いと判り、改札口へ向かった。大勢の人が足早に行き交う。マリアは暫く、目の前を通り過ぎる人達を観察した。富士山へ向かうには、東京方面へ向かう客を捕らえなければならない。だが、静岡に停車する新幹線に乗るかどうかを見極めるのは難しかった。しばらく時間を費やしたが、諦めた。
そして、次に、バスターミナルへ向かった。
駅のはずれにあるバスターミナルには、幾つもの路線が入っている。静岡行きのバスに乗れば確実だった。あとは、そこへ向かう客を捕まえる事だった。
待合室に入り、静岡方面へ向かう客を探す。大きなバッグを抱えた女性、親子連れ、老夫婦、若い男女、様々な人が待合室にいた。ゆっくりと、待合室の中を歩き回り、会話から静岡方面に向かうと思われる人を探した。僅か十歳の子どもが、何かを物色しているように見えた。
その光景は、少し妙に見えたに違いない。スマホを触りながら、待合室の椅子にふんぞり返るように座った若い男が、マリアに目をつけた。
「なんだ?迷子か?」
その男は暫く、マリアの動きをそれとなく見ていた。
待合室の中を、ゆっくりと、何かを探すように一人一人の客の様子を探っている少女は、迷子とは思えなかった。
「あの子、小学生だよな・・こんな時間にどうして?」
その男はますます興味が湧いた。手荷物の一つも持っていない。
「小学生が家出か?面白いじゃないか・・。」
男はすっと立ち上がり、周囲の客の様子を探っているマリアの背後にそっと近づいた。
「お嬢ちゃん、どうしたんだ?何か探してるのか?」
男は警戒されないよう、優しい口調で声を掛けた。
マリアは、急に背後から声を掛けられて、ビクッとして立ち止まった。
男は、マリアの前に回り込むと、膝を折ってしゃがみこみ、マリアと視線を合わせた。
マリアは、その男から何かしらの悪意を感じ取った。
「一緒に探してあげようか?」
男は妙にゆっくりとした口調で言う。そして、その後に、目線を逸らして、にやけた顔を見せる。明らかに、マリアを小馬鹿にしている。
何も答えないマリアに向かってさらに男は、小さな声で言った。
「おいおい、親切に声をかけてやったんだぞ。何か返事をしろよ。」
そう言ってちょっと怖い顔を見せた。
「日本語が通じないのか?」
更に怖い顔になる。
「家出か?行くところがないんなら、、俺が良いところへ連れて行ってやるよ。」
そこには、明らかに疚しい意思が感じられた。
そして、男は、急にマリアの肩を抱きかかえるようにした。マリアの中に恐怖心が一気に沸き上がる。
「やめて!」
小さな叫びのような声を出すと、男が口をふさぐ。
「おい、声を出すんじゃない!」
もう、男は脅すような声になった。
マリアは、恐怖心から、強く念じた。
『お前なんか、死んじゃえ!』
その思念波は、男の脳を貫く。男は急に力を抜き、その場に座り込んだ。
マリアはすぐにその場を離れ、バス乗り場へ出た。
しばらくすると、倒れ込んでいた男は起き上がる。目は虚ろで、ふらふらとしている。そして、ジーンズのポケットから、折り畳みナイフを取り出した。
そこでようやく周囲の人たちが異変に気付いた。
すぐ傍に居た、若い男女が、怪しい様子に気付き立ち上がり離れた。
男は、ナイフの刃を広げた。
「きゃあ!」
誰かが叫ぶ。
男は、虚ろな目のまま、周囲を見る。そして、何かつぶやいていた。
「死んじゃえ・・死んじゃえ・・。」
それは、マリアが強い思念波で男の脳に植え付けた意思だった。
周囲の人たちが徐々に距離を取る。誰かが待合室から出て行くと、他の人たちも続いた。待合室の中にはほんの数人残っただけになった。
「止めなさい!」
出張帰り風の男が、その男に強い口調で制止した。だが、男の耳には届いていないようだった。
「死んじゃえ・・死んじゃえ・・死んじゃえ・。」
男はそう呟きながら、取り出したナイフを自分の喉に突き立てた。
真っ赤な鮮血が、待合室の中に飛び散る。待合室に残っていた数人も驚いて飛び出す。
「救急車!救急車を!」
誰かが叫ぶ。
男はその場に倒れた。救急隊がついた頃にはもう絶命していた。
ひとしきりの騒ぎに紛れて、マリアは一旦、コインロッカーのコーナーに身を潜めた。
近くから警官もやって来た。その間、マリアはじっと身を潜めていた。
警官は、その場に居合わせた人達に、様子を聞く。
「いや・・あの男が突然、ナイフを取り出して喉を・・。」
一番最後まで、待合室にいた出張帰り風の紳士が警官の聞き取りに答えている。
「その前に何か変な事は?」
警官が訊く。
「いや・・よく覚えていないんですよ・・」
紳士は答えた。
他の人たちにも警官は聞き取りをした。
だが、誰ひとり、マリアに絡んでいた事を思い出せなかった。
そこに、愛知県警の遠藤刑事が現れ、先に聞き取りをしていた警官からひとしきり報告を受けた。
「自殺のようですね。」
警官は決めつけるように、遠藤に言う。
それを聞いた遠藤刑事は首を傾げた。
「自殺?こんなところで、何で自殺を?」
「さあ・・今、身元を調べていますが・・こいつは、最近、この辺りをうろついていた男です。職務質問はしていませんが、怪しい動きをしていたという報告は上がっています。薬でもやってるんじゃないでしょうか?」
駅の駐在所の警官はその男の風体から、ろくな人間じゃないと決め付けている。
「これだけ目撃者がいて、自分で喉を切って死んだという状況から見ても、自殺なんだろう。・・だが、何か理由があるはずだ・・。だいたい、彼はどこへ行くためにここに来た?・・街中なら判らなくないが、普段立ち寄るような場所でもない。自殺というなら、そこまでの経緯を調べてからにした方が良い。」
遠藤刑事は、駐在所の警官にそう言って、もう少し聞き取りを続けてくれるように頼んだ。そして、天井に取り付けられた監視カメラを見つけ、すぐに、駅ビル管理会社へ向かった。
その間、マリアは、コインロッカーの置かれているコーナーの一番奥にじっと身を潜めていた。何度か、コインロッカーに警官も入ってきたが、マリアには気づかなかった。
そしてそのまま、警官たちが立ち去るのを待った。

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